申し訳ないぐらいお待たせしてしまいましたが、お題の『裏切り者』の続きが出来上がりました。
続きの要望を下さった方々、ありがとうございました!!
なんかアホみたいに長くなってしまったので更に分けます……すみません。
初めてパティちゃん書いた……。
Raven*Rita 20 title.(La traviata.様提供)
・魔導器
・天才魔導士
・添い寝
・熱帯夜
・忘れられた神殿
・帝国騎士団隊長首席
・大嫌い
・氷刃海
・前夜
・そして、続く未来
・20
・鼓動
・箱庭
・詠唱
・『裏切り者』
・遺されたコンパクト
・触れられない過去
・好き嫌い
・露天風呂の楽しみ方
・カーテンコールを今度こそ
※注意
・『裏切り者』→魔導器→鼓動(→箱庭)という流れになっています。
・箱庭はいわゆる微裏(?)ですのでご注意ください。エピローグ的なものなので鼓動で止めても支障はないと思います。
魔導器
始めはありえないと思っていた。
だって、20も歳の差があるこんな薄情者を、あんな賢い娘が好いていてくれるなんておかしいじゃないか。
なのにあの子が俺に視線を向けていることは、日に日に多くなってきていて――
あり得ないあり得ない、絶対に勘違い、俺の自意識過剰。
誰にでもなく自分自身に証明しようとして、解放された時のマンタイクでダンスに誘った。魔術なり鉄拳なりが飛んでくると信じたかった。
「お相手願えますか、お嬢さん?」
姫様に連れ出されたのはいいものの結局人の輪の外で本を読んでいたその少女に、手を差し伸べ気取った態度でそう声をかけた。「キモい」とか「ウザい」とか言われるのを期待して。
だが少女は顔を真っ赤にしてしばらく黙りこんだ挙句、あろうことかその手に自身の手を乗せてきたではないか。
「あ、相手がいないから仕方なくおっさんと踊ってやるんだからね!!」
まずい、非常にまずいと思っていた筈なのに、必死に弁明する少女が可愛くて思わず微笑んだ。
……可愛くて……?
そこで、あり得ない事象がもう一つ起きている可能性に気付いた。
自分の理想を掴み取ろうとする強い信念、堅い覚悟――10年前に俺が心臓と共に失ってしまったものを、あのまだあどけない少女はもっていた。その小さな身体がどんなに傷つこうとも、大きな瞳に未来を映し続けていた。
――だからこんなことあり得ない。許されない。
もし恐れていることが本当なら、俺の全てを明かす時に酷なことだから。彼女にとっても……俺にとっても――
でも、やはりそれは確信に変わってしまった。
「あんたなんか、大っ嫌いよ!!」
ボロボロと涙を零しながらそう叫んだ少女を見て、紛い物の心臓が痛んだ……気がした。
「……ふっ、嫌われたものだな」
感情を偽るのには慣れていた筈なのに、あの時の俺は、きっと上手く笑えていなかっただろう。それほど辛かったのだ。あの子の言葉を聞くのも、表情を見るのも。
そうして到達した答えは、本当に愚かしいもの。
――ああ、やっぱり好きだったんだ……――
コンコン――
律儀にノックをする俺は、本当に馬鹿だと思う。
仮にドアを蹴破ってこの部屋に侵入しても、主からの仕打ちはもう意味のないものになってしまうと言うのに。どうせなら何も感じなくなる前に、些細な反逆行為でもしておけばよかったかもしれない。
「誰だ?」
「シュヴァーンです」
「……入れ」
扉の向こうから許可され、またもや律儀に「失礼します」などと言いながら入室する。
だだっ広い執務の間。奥の机についているのは当然、騎士団長アレクセイ。そして彼の隣では、彼が聖核から編み出した球状の術式に閉じ込められたエステリーゼ姫が気を失っていた。
封じ込めていた筈の彼女への罪悪感と彼への怒りを、一瞬だけ感じた。だがすぐに自分に言い聞かせる。これから起こるであろうことを、心やさしい彼女に見られずに済むのだと。
「何か用か?」
アレクセイはこちらに見向きもせず、球体の術式パネルをいじりながら尋ねてきた。
そんな彼に近づくべく歩を進めながら、俺はいつものように淡々と報告する。
「……リタ・モルディオが逃走しました。牢の見張り2名が死亡しています」
俺が机の直前まで来て立ち止まったのと、アレクセイがパネルに走らせる手を止めたのはほぼ同時だった。
「ほう……」
紅い双眸がこちらを向く。何の表情も浮かべてはいないがこの男のことだ、きっと真実を見透かしている。
――だったら、話は早い。
「……殺してください」
アレクセイが続く言を放つ前に、俺はそう言った。
「彼女が逃げた以上、もう私があなたの道具でいる理由はなくなりました。これ以上はあなたに従うつもりはありません……だから殺してください。どうせバクティオンで捨てたガラクタでしょう?」
……反吐が出る。あの子を理由にするなんて最低だ。死にたいなら勝手に死ねばいいものを、そんなにあの子と自分の死を絡めたいのか。
――そう、本当はあの子に殺してもらいたかった。バクティオンで。
でも、せっかく隙を見せても彼女は魔術で貫いてなどくれなかった。その感情のせいで狙いの定まっていない、不安定な魔術を何度も何度も放ってきただけだった。
やはり無理があったのだろう。それに、敵とはいえ彼女に人を殺めさせるのは何より彼女の為にならない……そう思い直して、俺は標的を変えた――でも、それも叶わなかった。
「私はあなたの道具です、あなたが殺してください」
ただ、その言葉もまた本心だった。
この男には、入団当初からずっと憧れていた。平民にも騎士団の門を開いてくれた、平民出の俺にも副隊長を任せてくれた。正しい者が正しく生きられる帝国を作るという理想を、この男なら必ず現実にしてくれると信じていた。
いつからかその方向性がおかしくなっていることを感じ始めたが、気のせいだと思っていた。ずっと、信じていたかったのだ、誰よりも憧れていたこの男を。この10年間大人しく彼に従っていたのも、そんな気持ちがまだどこかに残っていたからなのかもしれない。
――なあ大将、だからせめてあんたの手で殺してくれよ……。
彼女にも、仲間にも殺してもらえないのなら、この人に殺してもらうのが筋だろう。
「………………」
そのまま俺は口を閉ざし、アレクセイを見据え続ける。
「……そうか」
そう呟いて、アレクセイが立ち上がった。そしてゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
相変わらずの無表情、流石に感情も意図も読めない。本当に殺してもらえるのか……あるいはまた殴られるのか……。少しだけ俺の身体が強張るが、身構えたりはしない。
「心臓を見せろ」
目前まで来て俺を見下ろしながら彼が紡いだ言葉に、いよいよ訪れる俺の最期を確信した。
片手で団服の胸元を大きく開くと現れるのは10年前俺が死んだときに致命傷になった傷の痕と、その中心で光る心臓魔導器。それを、言われたとおり彼に向ける。
この人が作り、この人が俺に埋め込んだ、摂理にも倫理にも反する命の源――その上に、手をかざす彼の顔には、相変わらず表情がない。
「そこまで言うのなら、希望通りお前を殺そう……シュヴァーン」
浮かび上がった操作パネルの上を、甲冑に覆われた彼の指が躍る。
ああ、ようやくだ。ようやく俺は本来の流れに戻ることができる。自己満足かもしれないけれど、これで彼女達を裏切った落とし前をつけられる。
目を閉じると、浮かんでくるのは神殿で対峙した〝仲間″達の哀しげな顔――そして、俺にすがりついて泣き叫んでいたあの子の泣き顔……。
走馬灯と言うには余りにも惨憺たる光景ではあるが、きっと俺には似合いの戒めだ。……だって、こんなにもココロが苦しいのだから。
目を閉じたまま自嘲めいた笑みを浮かべ、じきに訪れる最期を待つ――が、
「……だが、レイヴンにはまだ働いてもらう」
アレクセイのその言葉に、思わず目を開き、顔を上げた。
見ると彼は俺を見下ろしたまま、いつの間にか笑っていた。人の絶望をあざ笑うかのような、冷たく、残酷な笑み……。
途端に、回転を停止しようとしていた俺の脳が警鐘を鳴らし始めた。慌ててアレクセイの手を振り払おうと、腕を上げる……その瞬間――
俺の身体が、動かなくなった……。
あれから数日後、あたしはハルルにいた。
目が覚めたのは馬の上、イエガーに抱えられる様にしてあたしは夜明けの平原を移動していた。帝都はもう地平線の彼方に隠れてしまっていた。
すぐに状況を理解して、引き返すように訴えた。
「ミーからもリクエストします、大人しくハルルへエスケープしてください。
……シュヴァーンの覚悟を、ミーニングレスにしないためにも……」
でもイエガーは今までにない悲痛な声であたしにそう言い聞かせてきた。今思えばどうしてアイツがおっさんの思いを大切にしていたのかは疑問だけど、その時のあたしは彼の真剣さに押され黙り込むしかなかった。
そしてハルルに到着して、彼はあたしの武醒魔導器を「シュヴァーンからでーす」と言って返すと、すぐさま街を出て行ってしまった。
さらに間もなくして、帝都からの〝避難民″達がハルルにやって来た。
彼らの話によると帝都ではエアルの暴走が起こり、またその影響で周辺の魔物も凶暴化しているようだった。
(まさか……アレクセイがエステルの力を……?)
浮かんだ考えは予想に過ぎなかったけど、バクティオンで見たエステルの力を無理矢理引き出していたあの術式――あれが利用されているならあり得ない話じゃない。
(っ! 何やってるのよ、あたしは……!!)
すぐにでも帝都に戻ろうとしていたのに、この状況だとあたし一人では辿りつくことも難しい――エステルが苦しんでるのに、おっさんが危ないかもしれないのに、あたしには何もできないというこの現実がただ辛くて、唇を噛んだ。
そして今日も、イエガーが手配してくれていた宿の部屋で膝を抱えていた――その時、
「リタ!!」
ノックもなしに開けられたドアから、誰かが飛び込んできた。
見るとそこには、バクティオンで離ればなれになってしまっていたままのみんなの姿。
「リタ姐!!」
間髪いれずに抱きついて来たのはパティ。
「リタ姐、生きておったんじゃな! 良かった……良かったぁ……!!」
そうして、あたしの服をぎゅっと握りしめながら泣き出してしまった。
続いてカロルも、「リタだよね? 本当にリタだよね!?」とか言って笑い、何度も何度も涙をぬぐっている。
「ったく、しぶとい天才魔導士様だな」
「本当にね」
ユーリとジュディスはそんな軽口を叩きつつも、安心したような笑みを浮かべている。
「あ……あんた達……」
あたしはというと、やっぱり驚いていた。
「どうして……ここに……?」
そう言えば、みんなはバクティオンでおっさんにもらった情報を元に、ヘラクレスで帝都に向かったアレクセイを追っていたはず……でも当のアレクセイは帝都にいて――
すると、ユーリが今までの経緯を話してくれた。
ヘラクレスが囮だったこと、バウルで帝都に向かったら暴走したエステルの力によってカプワ・ノールまで吹き飛ばされてしまったこと、その時バウルが大怪我を負ってしまったので陸路で帝都に向かっていること、そして立ち寄ったこの宿であたしが以前みんなと来たのを覚えていた主人が、あたしが泊まっているとみんなに教えたこと。
「――こっちの状況はそんなとこだ。……で、リタの方は一体何があったんだ?」
次にその問いが来るのは当然で、あたしもいきさつを説明し始める。
「生き埋めになっても生きてたあたしを戻ってきたアレクセイが見つけて、殺そうとしたらしいんだけど……おっ、さん……が……」
でもすぐにあたしの言葉は詰まってしまった。状況説明なんて得意分野なのに、いつもの饒舌が出てこない。
「……おっさんも生きてて……また道具に戻るからあたしのことは助けてくれってアレクセイに言って……それで……目が覚めたらザーフィアスの地下牢にいて……でも、おっさんが助けてくれて……」
まとまりのない文章を言っている内に、あたしの視界がにじんでくる。
「それ、で……おっさんが……おっさ……が……っ!!」
声が震えて上手くしゃべれない。でも今は泣いてる場合じゃない、早くみんなに事情を説明して、エステルとおっさんを助けに行かないと――
「す……ぐ、帝都……戻らな、きゃ……おっさ、んが――!!」
「リタ……」
なお声を絞り出すあたしの震える肩を、ジュディスが優しくつかんだ。
そのままあたしは抱き寄せられ、彼女の胸に顔をくっつける状態になる。
「私達が来たからもう大丈夫……だから安心して、今は無理しなくていいの」
そう言われた瞬間、色々と耐えられなくなって堰を切ったように泣きだした。
ひとしきり泣いてから、あたしは改めて事情を説明した。
みんな、おっさんが生きていたことにも少なからず喜んでいるようだった。でもあたしの話が進むにつれてその表情が曇っていく。
「大丈夫だってリタ。あのおっさんのことだ、上手くやり過ごしてるよ。……バクティオンのあの状況でも生きてたんだからな」
全部を話し終わってあたしがまた泣きそうになっていると、ユーリが肩を叩いて元気づけてくれた。
それから今夜はこの宿に泊まり、明朝帝都に向けて出発することになった。もちろん、エステルとおっさんを助けるために――
あたしとしては今すぐにでも出発したいところだったけど、みんなカプワ・ノールから歩いてきたため相当疲れているようだった。それに、一刻も早く帝都にという思いはきっと誰もが持っている……あたし一人が焦っても仕方ない。
夜、あたしは宿の中には入ってこれなかったもう一人の仲間のところに足を運んだ。
「ラピード……」
足音で気付いていたのか、ドアを開けると宿の入り口に寝そべっていたラピードは既に頭を上げていて、あたしの姿を認めるとすぐに立ち上がって駆け寄ってきた。
「ワン!」
心なしか嬉しそうに鳴くもんだから、いつもなら避けたり逃げたりするところを今日はそのまましゃがみこんで抱きしめる。どうやらこいつも、あたしのことを心配してくれてたみたい。
「心配掛けたわね、ラピード」
あたしがそう言うとラピードは頬を一回舐めてきた。それから鼻をひくつかせ、あたしの首のそれを鼻先でつつく。
「クゥーン……」
切なげに鳴いて見つめたそれは、武醒魔導器。
「……おっさんの匂い、残ってる?」
尋ねると、ラピードは肯定するように短く鳴いた。
これは多分、あたしが今持っているものの中でおっさんが1番最後まで触れていたものだと思う。
本人はイエガーに渡しそびれたなんて言ってたらしいけど、きっとそれは嘘。本当の理由は、これを返したらあたしがその足でエステルを助けに行こうとするから……だからおっさんも――ひょっとしたらその思いを汲んだイエガーも、あたしがすぐには身動きが取れなくなってから渡すようにしたんだろう。
「……あの馬鹿」
ただの首輪にも似たその筐体に自分でも触れてみる。堅く冷たい、あたしの武器――大丈夫、今度はちゃんと戦える。術も唱えられるし、少しだけど技だって出せる……それに今度は、みんながいる。
「待ってなさいよ……エステルと一緒に、絶対に助けてやるんだから」
「ワオーン」
そう呟いたあたしの声に呼応するように、ラピードが空に向かって高く、高く吠えた。
翌日、あたし達が進んでいたのはクオイの森。
本来ならデイドン砦から帝都に向かうはずだけど、帝都の異変、エアルの暴走で凶暴化した魔物に警戒して今砦の帝都側は完全に閉鎖されているらしいからだ。
一刻でも早く帝都に着きたいのにこの大回りは癪以外の何物でもないが、ハルルで足止め食ってるよりはずっとまし、そう自分に言い聞かせてあたしは平静を保っていた。
「ウー、ワン!」
「みんな、止まれ」
その時、先頭を歩いていたラピードが何かに反応し、続いてユーリが立ち止まり後方のあたし達を手で制した。
「誰かいるわね……」
ジュディスが呟く。耳をすませると、断続的に聞こえてくる落ち葉や草を踏む音――だんだんこっちに近づいてきている。
この状況で街の外に出ている一般人なんて滅多にいないはず……不自然な事象に否が応でもあたし達に緊張が走った。
そして木の幹の陰から、人影が一つ現れ――あたし達はみんな我が目を疑った。
「レ……レイヴン!!」
真っ先に声を上げたのはカロルだった。
そう、そこにいたのはおっさんだった。紫の羽織、無造作にまとめられた髪――シュヴァーンではなく、レイヴンがあたし達の目の前に姿を現した。
(おっさん……良かった……生きてた……!!)
涙が溢れそうになった。力が抜けそうになった。
「レイヴン!」
明るい声でおっさんの名を呼びながら、カロルが走りだした。両手を広げて彼に駆け寄る。
「っ! 駄目だ、カロル!!」
「え?」
だが急にユーリが慌てた様子でカロルを呼び止め、速度を緩めたカロルがこちらを振り向く。
――刹那、おっさんは小刀を抜き、既に目の前まで来ていたカロルに向かって刃を振り下ろした。
金属同士がぶつかる、甲高い音が響く。
いつの間にかジュディスが2人の間に入り込み、小刀を槍で受け止めていた。
「おっさん!?」
「どうしたのじゃ!?」
状況が分からず、あたしとパティがほぼ同時に尋ねる。
その間におっさんは素早く後ろへ跳びずさり、あたし達と距離を作っていた。
まるでシュヴァーンみたいに……いや、それ以上に表情から感情が読み取れない。目もまっすぐにこちらを向いているだけで、光を宿してはいない。
「まさか……操られて……?」
あたしが出した答えを肯定するかのように、レイヴンは折りたたみ式の弓矢も取り出し、構えた。
俺は、馬鹿だ……。
死にたいなら、勝手に死ねばよかったものを。それを、けじめだの筋だのくだらないことにこだわって、あの狂った主に運命を託したのがいけなかった。10年も前の憧憬や、本当はまだ残っていた信頼――馬鹿なシュヴァーンは……いや俺はそんなものにすがってしまった。
その結果が、これだ。
ジュディスちゃんが放った突きを最小限の動きでかわす俺の身体。そのまま横に薙ぎ払われた槍も跳んでやり過ごし、重力と体の捻りで威力を底上げしながら右手の小刀を彼女に向かって振るう。
「くっ……」
青い髪の毛が数本宙に舞うが、彼女はそれをかわしていた。
着地した俺の目に、こちらに迫ってくるラピードと青年が映った。ジュディスちゃんの方もすぐに体勢を立て直し、追撃を繰り出そうとしている。その後ろでしばらく青い顔をしていたカロルも、今は目に涙を溜めながら武器を握っている。
(もう……誰でもいい、早く俺を――)
このまま動かずにいれば、誰かが俺にとどめを刺してくれるだろうか。
だがそんな思いなど関係なく、完全に俺の意志とは分断された身体は弓に数本の矢をつがえる。
身体を回転させながら、放射状に矢を放つ。武醒魔導器の力により風にも似たエアルをまとった矢が、ジュディスちゃんと青年を吹き飛ばした。
「やぁぁぁぁぁ!!」
「バウッ!!」
ただ身長の低いカロルとラピードはそれらを避けていて、引き続きこちらに突進してくる。
足の速いラピードがカロルよりも早く俺に到達した。飛びかかって、口にくわえた短剣を勢いよく振るってくる。そしてやや遅れて、カロルも身体にそぐわぬ大きなハンマーを振り下ろした。
だがその2人の攻撃も俺は後ろに跳んでかわすだけ。
そしてカロルの空振りしたハンマーが地面に叩きつけられた瞬間、地面に打ち込んでおいた地雷式の矢が爆発する。
「うわぁぁっ!」
直撃こそしなかったものの、その爆風で1人と1匹もまた吹き飛ばされる。
(駄目だ、早く……早く……)
その時、一発の銃声が響き弓を握っていた俺の左手から一瞬だけ振動が伝わる。見ると弦が途中で切れ、だらりと垂れ下がっていた。続いて目を向けるのは、もちろん先ほどの銃声の発生源。
「おっさん……!」
パティちゃんが歯を食いしばりながら、まだ煙を上げている銃口をこちらに向けていた。その姿を認めるや否や俺は瞬時に弓をたたみ、近接戦のスタイルに切り替え彼女に向かって走り始める。
「っ!!」
目を見開き表情を更に歪ませながらも、彼女はもう1度引き金を引く。だが震える手で狙いが定まる訳がなく、放たれた銃弾は俺の頬を掠めるだけだった。
俺が目前まで迫り、彼女は慌てて得物をナイフに持ち替える。しかし、彼女が迎撃できるようになるより、俺が弓の刃を振るう方が速い――
ギィンッ
だがその攻撃を、今度は青年が受け止めていた。
「おい……何やってんだよ、レイヴン……!!」
青年は俺を睨みつけながら、うめくようにそう呼びかけてきた。
……そんなこと、俺が聞きたい。
俺はただ、死にたかっただけなのに。〝仲間″を裏切った償いのために、何より自分の馬鹿馬鹿しい自己満足のために。
それなのに、償うはずの相手にはバクティオンの時よりもっと酷なことをさせている。シュヴァーンの姿ならまだしも、今の俺は彼らの〝仲間″だったレイヴンの姿。それだけで、彼らの動揺はあの時の比ではないようだ。みんな、いつものパワーがない。技のキレも、俊敏さも……魔物を相手にする時にも、あの時シュヴァーンを相手にした時にも、到底及ばない。
そして俺自身も、自己満足どころかまた彼らを肉体的にも精神的にも傷つけると言う苦行を思う存分味わわされている。
俺の腕に力が入り、ギチギチと音を立てて刃がこすれる。
「レイヴン……!!」
さっさと弾けばいいものを、青年は引き続き俺の武器を止めながら俺を正面から睨みつけてくる。
その時、俺の後方に誰かが迫ってくる気配を感じた。
即座に青年の腹部に足を叩きつけ、パティちゃんごと蹴り飛ばす。そのまま身を翻し、勢いに任せて右手の小刀を振る。
「おっさん!!」
「…………っ!!」
振り向いた俺の懐にそう叫びながら飛び込んでこようとしてたのは、リタっちだった。
(止まれ……止まれ、止まれ止まれ――!!)
身体に、静止を命令する。だが何度も試みたその行為はやはり無駄に終わり、俺の身体は勢いづいたまま止まることはない。
間もなくして、肉を割く感触が右手に走る。小刀の切っ先が、彼女の左胸を切り裂いたのだ。
(リタ……リタっ!!)
右手を完全に振り抜いたところで俺の動きがわずかに鈍ったのは、奇跡だったのかもしれない。
「リタ!!」
青年が彼女の名を叫びながら、俺の身体を羽交い締めにする。
胸から血を流しながら、当のリタっちが俺の方に倒れこんでくる――いや、違う。
「レイヴン……!!」
彼女は俺の服をしっかりと掴み、胸元を開く。そこには当然、あの魔導器――
「待ってて……今、助けるから……!」
痛みに顔を歪ませながら、リタっちがその上で指を走らせ始める。
途端に俺の身体が抵抗を始めた。青年を振り払おうと身をよじり、リタっちを引き放そうと足を上げる。
しかしその動きも、駆け寄って来ていた他の仲間達に止められた。ジュディスちゃんが両腕を掴み、カロルとパティちゃんが足を一本ずつ抱える。ラピードにも羽織の裾を強く咥えられ、俺は本当に身動きが取れなくなった。
「見つけた……この術式……!」
そう言って、パネルを操作する彼女の指が速くなる。
(そんなことはどうでもいい! どうでもいいから早く傷の手当てを……!!)
手応えからしてすぐ致命傷になるような深い傷ではないはずだが、放っておいていい傷であるはずもない。現に今こうしている内に、彼女の顔が貧血で青白くなっていく。傷口からは血があふれ、彼女の赤い服を更に赤黒く染め上げていた。
何で……何でそうまでして俺を解放しようとする? リタっちだけじゃない、ここにいる全員、俺はもはや身動きもとれないというのに誰も殺そうとはしてくれない。みんな、バカみたいに必死になって裏切り者の俺を助けようとしてくれている。
だが今の俺にとってそれは、苛立ちに輪をかける行為でしかない。だって早くしないとリタっちが俺のせいで……俺なんかのせいで――
「これで……完了……!!」
その時、リタっちの指が一際強くパネルを叩いた。
直後、俺の身体から力が抜け、両手の武器が地面に落ちた。
「あ……」
何度叫ぼうとしても出なかった声が出る。何度動かそうとしても動かなかった四肢が動く。それを察したのか、俺を捕えていた4人と1匹も力を抜き、ゆっくりと拘束を解いていく。
「リタ……っち……」
震える声でその名を呼ぶと、彼女は青白い顔でこちらを見上げてきた。
「おっさん……良かった」
泣きそうな顔をした少女は俺と目を合わせると安心したように微笑み――今度こそ、俺に向かって倒れこんできた。
「っ! リタっち!!」
咄嗟に抱きとめた彼女の体温は低く、俺の服や手のひらにべたりと彼女の血が付く。
「リタっち! リタ!!」
動揺しきった俺は気を失った彼女の身体をゆすり、呼びかけることしかできない。頭が真っ白になるとはまさにこのことだろう。
「くっ……ジュディス、リタの止血を!
みんな、ハルルに戻るぞ! おっさんも!!」
後ろで、青年が指示を出している。すぐさまジュディスちゃんが俺の傍まで来て、テント用の布を割く。
「おじさま、リタの身体を支えていてちょうだい」
言われるままにリタっちの身体を腕で支え、布を巻きやすいように俺の身体から離す。
「お願い……リタっちを早く……早く、助けて……!!」
「分かってるわ」
口調はいつもの冷静なものでも、その険しい顔は隠せていない。それでもジュディスちゃんは慣れた手つきでリタっちの胸に布を巻いていった。
「ごめん……ごめんね、リタっち……ごめん……!!」
布に覆われていくその姿すら痛々しく見えて、俺はただもう聞こえていないであろう懺悔の言葉を口にすることしかできなかった。
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