・団長が鬼畜です
・暴力表現ありです
・団長が鬼畜です
・ゲーム本編とは異なるあらすじになってます
・団長が鬼畜です
・すごく長いです
・団長が鬼畜です
以上が了承できる方のみ先にお進みください。
Raven*Rita 20 title.
・魔導器
・天才魔導士
・添い寝(済)
・熱帯夜(済)
・忘れられた神殿(済)
・帝国騎士団隊長首席
・大嫌い
・氷刃海
・前夜(済)
・そして、続く未来(済)
・20
・鼓動
・箱庭
・詠唱
・『裏切り者』(コレ)
・遺されたコンパクト
・触れられない過去
・好き嫌い
・露天風呂の楽しみ方
・カーテンコールを今度こそ(済)
『裏切り者』
寝心地の悪さ、そして体の痛みで意識が浮上した。
瞼を開けると、最初に視界に映ったのは石造りの床とそれに敷かれている粗末な毛布。どうやらあたしは、その上に横たわっているようだった。
より現状を把握しようと起き上がり、周囲を見回す。
あたし以外に人の気配はしない、薄暗い石造りの部屋。その部屋をぶった切るようにしてはめ込まれているのは太い鉄格子……つまり、ここは牢屋?
「……っつ」
少し無理をして起き上がったためか、先ほどから感じていた身体の痛みが増す。腹部に右手、左足。唯一見ることができる左足に目を向けると、包帯が巻かれていた。
……あたし、どうしたんだっけ……?
ここに至る経緯をすぐには思い出せなかったので、覚えているところから記憶を辿る。
エステルが攫われて、その黒幕がアレクセイだと知ったあたし達は、やつの後を追ってヒピオニアにあるバクティオン神殿に向かった。そしてそこで知った、新しい事実――
(そうだ、おっさんが……シュヴァーンで――)
今まで一緒に旅をしてきた仲間だったはずのおっさん――レイヴンが、帝国騎士団隊長首席シュヴァーンとしてあたし達に刃を向けてきた。
あんな風に激しい怒りと悲しみを抱いたのは初めてだった。涙で視界をにじませながら、何度も彼に向けて魔術を放ったのを覚えている。
それでもなんとかユーリが決着をつけて、彼の胸に埋め込まれている心臓魔導器を見た。10年前の戦争で命を落としかけたシュヴァーンは、生命力で動くその魔導器をアレクセイに埋め込まれ蘇った。それでもやっぱり自分はもう死んだ身だからと、あのおっさんはあたし達を道連れにあの場で死ぬつもりだったらしい。
でも実際に神殿が崩れ始めた時、おっさんは生命力が落ちているにもかかわらず心臓魔導器の力を使って落ちてきた天井を支えてくれて、あたし達を逃がそうとしてくれた。
みんながおっさんを振り向きながら、歯を食いしばってその場から走り去って行った。あたしも、それに続こうとして――
(つまずいて転んで……そのまますぐに壁が崩れてきちゃったんだっけ)
迫ってくる岩を見ながら、もう駄目だと思って目を閉じた。
「――――――!!」
神殿の地響きに混じって、最後にアイツの声が聞こえたような気がするけど、よく覚えていない。
(あたし……助かったの?)
この痛みはその時の怪我だろうか。あの状況からこの程度の怪我で生還できたなんてにわかには信じがたいけど、ここがあの世だって言うのはもっと信じられない。
……じゃあ、何であたしはこんなところに?
「目が覚めたか」
「っ!?」
不意に声が響いて、驚いたあたしの身体がびくりと跳ねる。
……いや、それだけじゃない。だってこの声は――
慌ててそちらを見ると、鉄格子の向こう側にある階段(おそらくこの牢屋の出入り口だろう)から騎士が一人降りてきていた。手には食事の乗ったトレーを持ち、何の表情も浮かべずにこちらを見下ろしてきているその男は――
「おっ……さん……?」
レイヴン、いや正確にはシュヴァーンだ。服装も髪形も、バクティオンで戦った時のものと同じ。違うところと言えば、彼もあちこちに包帯を巻いているという点ぐらい。
彼はただ黙ってあたしの牢の前に来て、持っていたトレーを食事取り込み用の隙間から差し入れてくる。
そしてそのまま身を翻し――
「待って……!!」
それを大人しく見送らない程度には、あたしの脳の回転は復活していた。
「何よ、これ……どういうこと!? ここはどこ!?
エステルは……エステルは無事なんでしょうね!?」
鉄格子の前まで迫り、振り向いたシュヴァーンを睨みつける。
この状況、誰が考えても分かる。あたしは、捕えられたんだ、こいつに……。
どうして……やっぱり仲間じゃなかったっていうの? あたし達を助けてくれたはずのおっさんは、またどこかに行っちゃったの?
「答えなさいよ……答えなさいよおっさん!!」
手をのばして、シュヴァーンの服を掴む。彼は抵抗する様子もなく大人しくその場に突っ立ったまま。
「ここはザーフィアス城の地下牢だ。悪いが君にはしばらくここにいてもらう。
……エステリーゼ様は、まだアレクセイに捕えられている」
あたしが放った問いにだけそう答えて、彼はまた黙り込んだ。
その様子にあたしの苛立ちは更に高まってきて、彼の服を握る手に力を込める。
「どうしてあたしまで捕まんなきゃなんないのよ!?」
「それは言えない」
「はぁ!?」
言えない? こんなことしといて、本人にはその理由が言えないっていうの?
「……ふっ、ざけるんじゃないわよ!
ここから出しなさい! エステルもここにいるんでしょ、助けに行く!!」
握りしめた拳が白い。唇が、肩が怒りで震える。
何だって言うのよ、こいつはあたしに個人的な恨みでもあるの?
「……すまない」
だが彼が紡いだその言葉は痛切な響きを持っていて、一度は伏せた眼を思わず上げた。
あたしを見下ろしてきているそいつの顔は、辛そうに……本当に辛そうに歪んでいて――
「レ――」
しかし目が合ったあたしが口を開こうとした瞬間、彼はすぐにあたしの手を振り払って踵を返してしまった。
「おとなしくしていれば危害は加えない、妙なことは考えるな。
……もっとも、魔導器がない君に何かできるとも思えぬがな」
彼に言われて初めて、首の武醒魔導器がないことに気付く。これじゃあ、エステルを助けることなんて――
そう考えていたあたしの前から、シュヴァーンが離れていく。
「レイヴン!」
慌てて呼び止めると、また彼は止まってくれた。
「どうしてよ……あんた、あたし達を助けてくれたじゃない……」
「………………」
それでも今度はすぐには答えてくれない。あたしに背中を向けたまま、沈黙を保つ。
――やがて彼の口から出た言葉は、本当に短いもの。
「……こうするしかなかったんだ」
何の答えにもなっていないそれに、当然あたしが納得するはずもなく、
「どういう……」
と食ってかかろうとしたところで、彼は歩みを再開する。
「待って……待ちなさいよ! レイヴン!!」
必死に呼びかけて引き留めようとするが、もう彼は振り向いても、立ち止まってもくれない。
そしてあたしが声を張り上げる中、彼が出るために開閉された牢屋の扉の音が重苦しく響いた――
いつの間にか、その姿を眼で追うようになっていた。
いつの間にか、その声に耳を傾けるようになっていた。
気付いた時にはただ、あの服が目立つからだとか、あの声が耳に付くからだとかそう思っていて、何であたしの意識にいちいち入ってくるのかと癪に障ることもあった。
でも、マンタイクでダンスに誘われた時の胸の高鳴りは今まで経験したことのないもの。恥ずかしい、照れ臭い、でもそれ以上に感じる感情は……嬉しい?
なのに鈍いあたしは、それが何なのかに気付かないまま――ううん、気付きかけてたけど否定していた。だって、あいては20も年の離れたおっさんだし、胡散臭いし、……あたしなんかよりもっとオトナの女が好きだろうし。
その後も旅は続いて、やっぱりあたしはおっさんを気にしていることが多くて、そしてそのまま――
「あんたなんか、大っ嫌いよ!!」
あの時次から次へとあふれてきた涙は、やっぱりそう言うことなのかもしれない。
「……ふっ、嫌われたものだな」
その上アイツは哀しそうに笑うもんだから、余計に涙があふれた。
――何で、あんたまでそんな顔すんのよ。まるで、あんたもあたしのこと……。
あれから数時間後、シュヴァーンがもってきた食事には手をつけないまま、あたしは壁にもたれかかり、彼や仲間やエステルに関する思考を浮かべては消すという流れを繰り返していた。
そして扉が開く音に顔を上げる。コツ、コツと靴音を立てながら誰かが降りてくるようだった。
シュヴァーンだろうか、食器の回収にでも来たのかもしれない。そう思ってそのまま待っていると、現れたのは予想外の人物。
「久しぶりだな、リタ・モルディオ」
シュヴァーンよりも重く、低いその声は、今あたしが最も憎んでいる男のもの。
整えられた銀髪に、炎を思わせるかのような深紅の鎧。それと似た色の瞳が冷たく光りながら、あたしを見つめてきている。
「アレクセイ……!?」
その名を口にすると、奴はニヤリと笑った。
帝国騎士団長アレクセイ――以前にも何度か会ったことがあるが、その時は本性に気付けなかった。エステルを攫い、シュヴァーンを道具として蘇らせ、2人を苦しめている張本人。
あたしが茫然としている間に、アレクセイは牢の鍵を開け中に入ってくる。
「……エステルを返しなさい……」
そのままあたしの方に歩み寄ってくる彼に、あたしは睨みつけながら唸るようにそう言った。
……本当はすごく怖い。声も足もバカみたいに震えてる。こいつが、どんな残虐な奴か知っているから――でもそれ以上に、あたしはこいつを許せなかった。
「エステルが何したってのよ……何であんたなんかの為にあの子が苦しめられなきゃならないの? あんたにそんな権利はないでしょう!?
レイヴンだって――!!」
そこまで言ったあたしの顎を、アレクセイの手が掴んだ。そのまま顔を上向きにされ、真正面から顔を合わせる形になる。
「……相変わらずいい目をしているな」
ぞっとするほど暗い笑み。顎を掴まれていることもあり、あたしの言葉がつまる。ただ唯一の抵抗として、目の前の諸悪の根源を睨み続けた。
だがアレクセイの歪んだ笑みは消えることはなく、むしろより一層面白そうに口角を上げる。
「奴の物にしておくには、勿体ない……」
彼のその言葉の意味が分からず、問いの言葉を紡ごうとした次の瞬間――
「ん……っ!?」
唇を、ふさがれた――他ならぬアレクセイ自身の唇で。
その状況を理解した瞬間、あたしの背筋が凍った。彼の身体に手を当て必死に引き離そうとするが、騎士団長というだけあってびくともしない。更にあろうことか、その手すらからめとられてしまった。
やがて、あたしの口内に奴の舌が侵入してきて――
嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
視界が涙で滲んでいく。
その時――
ガッシャアァァァァァァンッ
派手な音が、牢の外から鳴り響いた。
アレクセイがそちらを振り向いたことにより、あたしの唇も解放されてその方向を見ることができた。
……そこには、シュヴァーンが立っていた。
驚いたように目を見開いてこちらを見つめてきている彼の周りには、食器と、まだ湯気を立てている料理らしきものがぶちまけられている。次の食事だったのだろうか、先ほどの音の正体はこれだろう。
「どうしたシュヴァーン、何をボーっとしている」
そんな彼に、アレクセイが面白そうに声をかける。
その一瞬で我に返ったのか、シュヴァーンは急に動き出し大股で牢の中に入ってくると――
「っ――!!」
短い息を吐き出し、無言のままアレクセイの頬を殴り飛ばした。
だが、結構な勢いであったにもかかわらずアレクセイは少し顔を傾けただけだった。そしてすぐにシュヴァーンに向き直り、自身もシュヴァーンに拳を飛ばす。
バシィッ
シュヴァーンの1発とは比べ物にならないほどの音が響き、それを受けた彼の身体も大きく傾いた。そこへ足払いを掛けられ、思い切り転倒する。
足元に転がるシュヴァーンの腹部に、アレクセイはさらに蹴りを放った。
「ぐぁっ!」
鈍い音が響き、シュヴァーンの口から短い悲鳴が漏れる。
「今のは何だ、シュヴァーン。道具が主に手を上げることが許されると思っているのか?」
起き上がろうと床についた腕も蹴り飛ばされて這いつくばるシュヴァーンの、顔、背中、胸、腹……ところ構わず蹴り上げながら、アレクセイは言い放つ。
「おとなしく道具に戻るからリタ・モルディオの命は救ってくれと懇願してきたのはお前だろう?」
「……え?」
今、アレクセイは何て言った?
(あたしを……救うため……?)
「何だ、言っていなかったのか?」
あたしの声に反応したのだろう、アレクセイはシュヴァーンにそう言うとこちらを振り向いて、言った。
「バクティオンで生き埋めにしたこの男を――いや、正確にはこの男の心臓魔導器を回収に戻ったら、この男も君も生きていたのでな。ただ、君は私の邪魔しかせぬだろうし、敵に回したら脅威になると思い殺そうとしたのだが、それをこの男が止めたのだ。……自分の自由と引き換えにな」
「………………」
言葉が、出なかった。
シュヴァーンを見ると、一瞬だけその碧眼と視線が合った。だが彼はすぐ気まずそうに顔を背けてしまい、前髪に隠れてすぐにその表情も見えなくなる。
「だと言うのに、お前という奴は――」
彼に視線を戻したアレクセイは、しゃがんでその前髪をひっつかみ無理矢理顔を上げさせる。
「何を血迷ってこんなことをした……?」
金属製のブーツを履いたままの脚で何度も蹴られたシュヴァーンは、もはや息をするのも辛いはずだ。きっと骨の1本や2本は軽く折れているだろう。口からは筋を作って血が流れ、頬もひどく腫れている。
それでもシュヴァーンは目の前の主を睨みつけ、その問いに答えた。
「っく……か、彼女は監禁するだけ……で、手……は出さないと……約束したはず、だ」
痛みに歪む表情の中でも、強い憎しみ思いをこめた眼光は真っ直ぐに彼を捉えている。
「ああ、そうだったな……。だがシュヴァーン、お前は一つ勘違いをしている」
だがアレクセイが続けた言葉は、冷酷以外の何物でもなかった――
「道具の物は主の物だ」
あたしには背中を向けているため、その表情は分からない。でも、きっと今こいつはとんでもなく残酷な顔をしている。
シュヴァーンの方は一瞬だけ目を見開いて絶望の表情を浮かべ、そしてすぐに怒りの形相に変わる。
「……てっ……めぇ……!!」
ガンッ
おそらく罵声の言葉を続けようとしたその顎を、アレクセイが蹴り上げた。
その衝撃でシュヴァーンの身体は反転、仰向けの体勢になる。
「がっ……はぁっ!!」
全身を床に叩きつけられ、彼の口から苦しそうな声と息、そして血が吐き出される。
そんな彼の身体の上にアレクセイは足をかざし――
彼の左胸めがけて、思い切りそれを踏み下ろした。
「あがあぁぁぁぁぁッ!!」
遂にシュヴァーンが絶叫する。
アレクセイは彼の左胸を踏みつけたまま、より力を入れているようだった。その足の下にあるのはそう――奴が埋め込んだ、心臓魔導器。
「お前は私の道具だろう? お前とモルディオの間に何もないのであれば、私もおとなしく彼女を解放していたさ……だがそうではなかった。
分かるか、シュヴァーン? 道具が手に入れた物を主がどう使おうが自由なのだよ」
シュヴァーンが苦しみに叫び続ける中でも、アレクセイの声はかき消されることなくあたしの鼓膜を震わせた。きっと、シュヴァーンの耳にも届いているだろう。
こいつは、始めから分かってたんだ。あたしの気持ちも、おっさんの気持ちも……。
だからそれを利用して、シュヴァーンを手元に戻した。そして、あたしを手に入れようとしている……或いは、道具の彼をより一層絶望させるためかもしれない。
「何よ……それ……」
ようやく、あたしの口がまともな言葉を発し始める。
「何が道具よ……何が主よ……あんた頭おかしいんじゃないの?
そいつは人間でしょうが! 何であんたに支配されなきゃなんないのよ!!
それにあたしも、大人しくあんたの物になるつもりなんてないから!!」
そうまくしたてたあたしに、最初に目を向けてきたのはシュヴァーンだった。
「リ……タ……」
絶え絶えの息であたしの名を呼ぶ彼の表情はもはや虚ろなものになっていて、意識の限界が近いことを物語っている。
「ほう……」
続いて振り向いてくるアレクセイ。相変わらず冷たい笑みを浮かべながらこちらを見つめ、やがて歩み寄って来た。
あたしのすぐ前で彼が止まり、あたしの身体が強張る。そして次の瞬間、ものすごい速さで彼が腕を突き出し、あたしの首を掴んだ。
「ならばシュヴァーン諸共ここで死ぬか?」
ギリギリ、と音がして、あたしの気管が締め付けられていく。あっという間に満足な息ができなくなった。苦しい、苦しくてたまらない。彼の腕を引きはがそうともがいてみるが、やっぱりびくともしなかった。
「ぐぅ……ッ!!」
まともに発声も出来なくて、カエルが潰れたような声を上げる。
あぁ……あたし死んじゃうのかな……。
ごめんねエステル、助けてあげられなくて……でもきっと、ユーリ達がこいつぶっ倒して解放してくれるから、それまで待っとくのよ。
おっさんは……この後殺されちゃうんだろうか……。折角バクティオンで自分を取り戻しかけてたのに――あたしのせいで、また道具に戻してしまったんだ。
また、涙があふれてきた。首を絞められていなかったら、声を上げながら泣いていただろう。
どうして、もっと早く気付けなかったんだろう。ひょっとしたらもっと違った結末が待っていたかもしれないのに……。
「やめ……ろ……!!」
朦朧とする意識の中、あたしの耳に入って来たシュヴァーンの声。
視線だけを移動してそちらを見ると、這いつくばったまま移動してきたシュヴァーンが腕を伸ばしてアレクセイの服を掴んでいた。
「やめろ……アレクセイ……!!」
自分ももはや満足に身体を動かせる状況ではないというのに、それでも尚アレクセイに楯突こうとしている……あたしの為に。
そして次の瞬間、アレクセイはそんな彼を煩わしそうに脚で払いのけた。同時にあたしの首も解放され、膝をつき急に流れ込んできた空気に激しくせき込んでしまう。
「……今日はお前に免じてここまでにしておいてやろう。
私はもう戻る、お前も早く持ち場に戻れ」
そう言ってアレクセイは何事もなかったかのように身を翻し、牢屋から出て行った。
「――ぐっ……!」
彼の言葉に従うように、シュヴァーンが立ち上がる。激痛に耐えながら足を引きずるようにして、自分もまた出て行こうとする。
「……代えの食事を持ってくる……」
「げほっ! ……ま、待ってよ!!」
その場にうずくまったまま、あたしは慌ててシュヴァーンを止めた。
「……あたしのせいだったのね……あたしのせいであんたは、また――」
自分がどうしようもなく情けなくなって、また涙がこぼれた。でも彼はそんなあたしの思いを否定するかのようにあたしの言葉を遮り、ぴしゃりと言い切った。
「君は悪くない。俺が勝手に選んだことだ。
……それに、結局君をこんな目にあわせてしまった」
「違う! だってあんた言ったじゃない、こうするしかなかったって……!!」
それ以上は、言葉にならなかった。
「ごっめ……なさ……! ご……めん……おっさ……レイ……ヴン……!!」
次から次へと涙があふれ、嗚咽が止まらない。まるで子供みたいに泣きじゃくりながら、あたしはただ謝り、彼の名を呼び続けた。
「……それでも、選んだのは俺だ」
そう言って、そんなあたしの頭を撫でたあいつの手は酷く優しかった。
泣き疲れて眠っていたあたしは、今度は扉の開く音で目が覚めた。
どれくらい眠っていたのだろう、日の光が差さないここでは、今が昼なのか夜なのかも把握できない。
目は覚めたものの、身体がだるい。起き上がるのも億劫で、薄目を開けて鉄格子の向こうの気配を窺う。
「リタ、起きろ」
降りてきたのは、シュヴァーンだった。
彼は鉄格子を開けると、あたしの前まで来てしゃがみこむ。
「おっさん……?」
身体に巻く包帯の量を増やしたシュヴァーンは、驚いて目を丸くするだけのあたしに手を差し伸べ、言った。
「逃げるぞ」
腕をひかれ、階段を駆け上がり牢屋から飛び出した。
ピチャリと足元で音がして、視線を落とすと、おびただしい血を流してぴくりとも動かない親衛隊が2人、床に転がっていた。牢の見張り番だろうか。
「こっちだ」
シュヴァーンはそれを気にも留めず、あたしの手を握ったまま走り始める。
どうやら本当にここはザーフィアス城らしい。以前研究所の仕事で訪れた時に見覚えのある廊下だった。
見張りの配置は把握しているのか、他の親衛隊に出くわすことはなかった。
入り組んだ通路を何度も曲がり、辿りついたのは女神像の前。シュヴァーンがそれを動かすと、さらに地下への階段が現れた。
それを降りて、地下水道を進む。途中小型の魔物も出たけど、シュヴァーンが全部難なく薙ぎ払ってくれた。
やがて現れた上へと続く梯子を登ると、外に出た。
空は暗く、月と凛々の明星が見える。夜だ。
あたりを見渡すと、何やら大きな屋敷の前だった。ただ、ザーフィアス城は右手に見えるため城内からは脱出できたらしい。
「ブラボー、ジャストタイムでしたねー」
背後から不意に落ちて来た声に見上げると、何者かが馬にまたがり、こちらを見下ろしてきていた。
マントとフードを身に付けているため、その顔はよく分からない。だが鼻に付くような声と、独特の喋り方は――
「イエガー……!?」
「ヘイ魔導器ガール、ナイストゥミートユー」
少しだけフードをずらして笑いかけてきたそいつは、思った通りの人物だった。ギルド『海凶の爪』の首領、そしてアレクセイの部下の一人――イエガー。
(まさか、あたし達を追って……?)
だが思わず身構えるあたしとは逆に、シュヴァーンは至極落ち着いた様子で彼に話しかける。
「城の連中にはまだ気付かれていないはずだ、当初の予定で頼む」
「オーケーオーケー。では魔導器ガール、カムヒアー?」
イエガーがあたしに手を伸ばす。だが事情の呑み込めないあたしはシュヴァーンを振り返り尋ねた。
「どういうこと……!?」
「こいつがハルルまで君を送ってくれる。安心しろ、裏切ったりはしないはずだ」
「これはちゃんとマネーを積まれたビジネスですからねー」
手短に事情を離したシュヴァーンに続けて、イエガーが懐から革袋を取り出しながら補足する。袋の膨らみ具合から、かなりの額が入っていることは明白だ。
信頼できる奴ではないけど、今は信じるしかない。それにこいつは、バクティオンのことも教えてくれたこともあるし、ひょっとしたら――でも、
「……あんたはどうすんのよ?」
馬は1頭しかいない、それにさっきのシュヴァーンの台詞に、あたしが感じていたのは不安以外の何物でもない。
「俺は行けない。残って少しでも時間を稼ぐ」
彼は事も無げに言ってのける。だがその言葉が意味するものは――
「あんた……また死ぬつもりなの!?」
「………………」
あたしの言葉を、彼は否定しなかった。
そんな……こんなのって……。
「嫌……そんなの嫌よ! おっさんも一緒に逃げるの!! じゃないとあたし行かないから!!」
気がつくと、シュヴァーンにきつくしがみついて泣き叫んでいた。一体あたしの涙腺はどうしてしまったんだろうっていうくらい、今日は泣き通している。
「……リタ」
だが優しいその声に、すぐに顔を上げた。あたしを見つめるシュヴァーンは改めて見ると傷だらけで、あたしに抱きつかれているのも本当は辛いはずなのに、そんな様子は一切見せずに、微笑んでいた。
……この顔、見たことがある。いつだっけ?
ああ、そうだ。マンタイクでダンスに誘ってきてくれた時の顔だ。あたしが初めて意識した、アイツの顔――
「レイヴン……」
呟くようにあたしがその名を呼ぶと、ゆっくりとその顔が近づいてきて、唇と唇が触れた。
アレクセイの物とは違う、本当に優しい口付けだった。
「リタ」
すぐに離した唇を上下させ、シュヴァーンがまたあたしの名を呼ぶ。
次の瞬間――
ドスッ
何かが、あたしの鳩尾に食い込んだ。
それが彼の拳だと気付いたころには、もうあたしの意識は遠のいていて――
「ありがとう……ごめんな」
暗転する世界であたしが最後に聞いたのは、シュヴァーンのそんな言葉だった。
「……目が覚めたら、これを渡してやってくれ」
気絶したリタを馬に乗せ、いつでも出発できる体勢になったところでシュヴァーンはイエガーに何かを渡してきた。見てみると、リング状の金具に赤い宝石のようなものが付けられている。魔導器のようだ。
「これは?」
「その子の武醒魔導器だ」
「渡しそびれた」と続けるシュヴァーンに、イエガーは苦笑する。
「相変わらずレディの扱いがノットベターね、シュヴァーン?」
「大きなお世話だ」
そう吐き捨て、シュヴァーンは彼を睨みつける。
「……絶対、無事に送り届けろ。いいな?」
本当は、シュヴァーンもイエガーには任せたくないのだろう。戦友だったのは遠い昔話、今は互いにアレクセイに利用される者同士――そして、彼にとっては憎しみの対象でもある。
「オフコース、報酬の分はキチンとワークしまーす。ユーとは昔のよしみもありますしね」
「……早く行け」
イエガーの言葉にないか言いたげではあったが、シュヴァーンは出発を促すだけだった。
その指示通り、イエガーは馬の向きを街の出口に合わせる。
「……シュヴァーン」
馬を走らせる直前、イエガーが彼を呼んだ。
「……死ぬなよ」
そして彼からの答えが返ってくる前に、馬の腹を蹴る。
嘶きの後、馬が地を蹴り始めた。
「出来るものなら、な……」
見る見るうちに遠くなって行くその姿を見送りながら、シュヴァーンが呟いたその言葉は、夜の闇に吸いこまれていった。
イエガー難しいよイエg(ry
アレクセイは帝都に戻ってきてるけどまだエアルの暴走とかはしてない感じの時間軸。
ある意味開拓地行きなお話でした(アレリタ?)。
多分まいたけはシュ(ryに嫌がらせしたかっただけだと思うよ^^
そんなまいたけが好きです。
一応考えてた話としてはここまでです。
ただやっぱり中途半端な気もするので要望があったら続き書きます。
なくても浮かんだら書きます←
ぽちっとお願いしますm(_ _)m