久々に現パロです。
復活の兆しが見えてきたはいいけど、今度は時期錯誤っぷりもいいとこ……orz
Heartful Life ♯10:さよならも言わずに
あたしがこの家に来て、5日が経った。
2人は相変わらず、あたしに文句を言うこともなく世話を焼き続けていた。朝食、夕食はもちろん、昼食もわざわざ作り置きをしていて、手を抜く素振りも一切ない。もっとも、あたしはあいつらに合わせて起きたりはしてないから目が覚めたらいつも2食分の皿がダイニングテーブルに置かれてるだけなんだけど。
それでも、夕食は必ず3人で食べることになっていた。あたしがどれだけ読書に没頭していても2人のどちらかが呼びに来て、何度も名前を読んだり本を取り上げたりして最終的にはあたしを食卓まで連行して行く。
夕食の席では、いつも今日はどんな本を読んだのかを聞かれた。あたしが題名を挙げていくと、「ひぇ~」と声を裏返すのはいつもおっさんだ。シュヴァーンもシュヴァーンで、箸を進めながら興味深そうにこちらを眺めてきている。
「すっごいわね~」
「大したものだな」
内容についての感想まで述べると、2人は感心したように声を漏らす。
「予備知識があれば余裕よ、あれくらい」
あたしはそう言って2人の言葉をはねのけながらも……不思議と、この時間が嫌いじゃなかった――
「……どうしちゃったんだろ、あたし」
でも、その気持ちにあたしが感じていたのは戸惑いだった。
夕食後、お風呂から上がってからベッドで仰向けになって、額に手を乗せながらぽつりとつぶやく。
人との会話なんて興味なかったはずなのに、煩わしかったはずなのに――
何であたしはあの2人に、気を許しかけてるの……?
あたしにとってそれは、一種の恐怖だった。
何もかも1人で済ませてきたあたしの中に、他人が入り込んでくること、そして、あたし自身が他人に頼ってしまうこと……そんなこと、今まであり得なかった。
だから、あたしがあたしでなくなってしまいそうで……ううん、違う。本当は……本当に怖いのは――
裏切られるのが、怖い……。
このままあの2人を信じてしまって、もし裏切られたら……きっと、信じてなかった人間に裏切られるよりずっと大きなショックを受けてしまう。あたしは、それが怖かった。
(信じてなかったはずなのに……信じるもんかって思ってたのに……)
あたしがどんなに憎まれ口を叩いても、あの2人は嫌な顔をするどころか笑って受け止めてくれた。一般人から見ればかなりひねくれた持論を展開しても、ちゃんと理解して、その上で忠告をくれた。
(ホント……ばっかじゃないの……?)
あたしに優しくする義理なんてないのに……あの2人ときたら、本当に馬鹿だ。
でも、そんな2人を信じかけているあたしは……――
「これでよし、と……」
翌日、あたしは起きてからすぐに顔を洗って着替えた。選んだのは、あたしが元々着ていた服。
一応部屋を一通り片付けてから財布をポケットに突っ込み、部屋の入口に立つ。
この家を出ることに決めた。いや、元の家に帰る訳じゃないから「この家も」って言った方がいいか。
これ以上、あの2人を信じてしまう前に……あの2人から離れてしまおう。それが、あたしの出した結論だった。
裏切られるのは嫌なくせに、自分はこんな簡単にあの2人を裏切る。つくづく人間社会に向かない人間よね、あたしって。
ふとベッドを見ると、少し傾いたあのクマのぬいぐるみとまた目が合った。
あたしがいなくなったら、この子は当初の予定通り捨てられちゃうのかな……それとも、また埃まみれになってしまわれるんだろうか。
「……短い間だったけど、世話になったわね」
本当にそれを言うべき相手からあたしは逃げだす。だからせめて、何も言わないこの子にだけその言葉を残しておいた。
そして、朝食にも手をつけないまま、家を出る。
「流石に1日中家に引きこもってるのは不健康だからね、散歩に行く時ぐらいあるでしょ?」と、不用心にもおっさんが用意してくれていた合鍵を使って玄関を閉め……それを、そのままポストの中に放り込んだ。
カタン、と音がして、もうこの家にも戻れなくなった。
外は、あたしが家出をした日より寒かった。
とりあえず電車にでも乗ろうと思ってマンションから歩きだすけど、すぐにその足が止まる。
(駅って……どっちだったっけ?)
ここは知らない町だし、あの日は夜で、しかも何の考えもなくふらついていただけだった。だから土地勘なんてある訳なくて、左右を見渡しても住宅街が続いているだけ。
……まあいいや、適当に歩いとこ。電車に乗ったところでどうせ行くあてなんてないんだし。
未だに晴れないもやもやとした気持ちをふっ切りたいのもあって、とにかくあたしは歩き始める。だんだん遠くなっていくあのマンションを振り向きもせずに、ひたすら見知らぬ道を進んで行った。
とにかく歩いて、歩いて……しばらくして大きな通りに出た。車の通りの人の通りも多くて、道沿いにはいろんな店が連なっている。
しめた、これだけ大きな通りならバス停の一つぐらいはあるはず。
そう思ってあたしは足を早め、周囲をキョロキョロ見回しながら通りを進んでいく。
でも、その時――
ぼふっ
あたしは正面から、何かにぶつかった。
「ってぇな!」
慌てて一歩引いてその正体を見上げると、そこにいたのは柄の悪いいかにも不良って感じの3人組。制服を着崩しているあたり、高校生だろう。……あたしの最も嫌いな人種の一つだ。
「ご……ごめん、なさい」
こういう連中には絡まれたら面倒だ。あたしの方に非があるのは事実だし、滅多に口にしない謝罪の言葉を何とか口にしてその横をすり抜けようとする。
「待てよ」
だがその腕を掴まれて、すぐに逃走は阻まれる。
そしてそこで、あたしにまた悪寒が走った。
「っ! 離して!!」
悲鳴にも似た声をあげて、人の手の感覚を力いっぱい振り払う。
掴まれていた箇所を自分の手で押さえながら、あたしは3人を睨みつけた。
「ぶつかったことは謝ったでしょ!?」
身体が震えているのを悟られないように精一杯虚勢を張る。でもそれが裏目に出たのか、あたしがぶつかった奴は更に機嫌を損ねたらしい。
「あぁ? ぶつかってきといて何だその態度は」
そう言って、ずいっと迫ってくる不良。近くを通って行く人々は当然見て見ぬふり。ベタすぎる展開に嵌ってしまったあたしに嫌気が差す。
「世間のジョーシキもわきまえないようなお嬢ちゃんには、教育が必要みたいだな」
「はぁ!?」
そんなこと、平日の昼間っから学校にも行かずにふらふらしてるあんたらに言われたくないわよ! と言い返したくなるけど、よく考えれば人のことを言える立場じゃなかった。
でも負けず嫌いのあたしは、そこで別の罵声を考えようと思考を巡らせる。手を上げようとしている相手にそんなことしたって状況は悪くなるだけなのに、あたしもかなり馬鹿なのかも。
しかし、引き続きあたしと睨みあいを続ける不良共の向こうから、何とも頼もしい声が聞こえてきた。
「君達、何をしている」
一斉に不良共が振り向き、その隙間からあたしも声の主を窺い――途端に、緊張感が増した。
そこにいたのは、警察官。事態を聞きつけたのか見つけたのか、小走りでこちらに向かってきている。
(やばい……!!)
そんな救いの手も、あたしにとっては更なる障害にしか感じられなかった。
平日の昼に学生身分でフラフラしてるのはあたしも同じ。もしあたしにも目をつけられたら……身元を聞かれたら……。
そんな考えが浮かんだ瞬間、あたしは黙って身を翻し、全速力でその場を後にした。
「っはぁっ、はぁ、はぁ……!!」
久しぶりに全力疾走して、ようやく止まった頃にはあたしの息はかなり切れていた。膝に手をついて、ついでに後ろを見てみるけど追いかけてきている人間はいないようだ。
汗をぬぐいながらふぅと安堵の息をついて顔を前に向けると、なんと目の前には駅があった。
5日前に降りた駅とは違う……多分手前にあった駅だろう。一度は目を疑うけど、これ幸いとばかりにあたしは券売機の前に立ち、そして――
(財布が……ない……?)
いくら探っても、どこのポケットにも財布が入ってなかった。
走ってくる途中に落としたか、もしくはあの不良共が……。
(……最悪……)
あんな連中に絡まれて財布まで無くすなんて、ダサいにも程がある。おまけにもとはと言えばあたしが撒いた種だし、あの場から逃げ出したのもあたしの判断。文句なんて言える訳がないし、第一言う相手もいない。
「……はぁ」
かきっぱなしの汗が気持ち悪い。
色んな事が情けなくなったあたしは大きなため息をひとつ吐いて、せっかく到着した駅からも身を翻す。
来た道を辿って財布を探そうかとも思ったけど、またあいつらに鉢合わせしても洒落にならないと思ったから元の方向とは違う道を選んだ――
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