Raven*Rita 20 title.(La traviata.様提供)
・魔導器
・天才魔導士
・添い寝
・熱帯夜
・忘れられた神殿
・帝国騎士団隊長首席
・大嫌い
・氷刃海
・前夜
・そして、続く未来
・20
・鼓動
・箱庭
・詠唱
・『裏切り者』
・遺されたコンパクト
・触れられない過去
・好き嫌い
・露天風呂の楽しみ方
・カーテンコールを今度こそ
※注意
・『裏切り者』→魔導器→鼓動(→箱庭)という流れになっています。
・箱庭はいわゆる微裏(?)ですのでご注意ください。エピローグ的なものなので鼓動で止めても支障はないと思います。
鼓動
誰かが部屋のドアを開けたので、床に座り込み、ベッドにもたれかかったままの体勢で視線だけを動かしてそちらを見る。夜だというのに明かりもつけず、カーテンを閉め切った薄暗い部屋。廊下側から逆光になってその姿の細部までは認識できないが、身長とシルエットからして青年だろう。
「……飯ぐらい食ったらどうだ?」
俺の脇に置かれた、すっかり冷めきった料理を眺めながら、青年が溜息混じりにそう言った。
「いらない」
視線を虚空に戻して、俺は首を小さく振る。
ハルルに到着して、すぐに宿を借りてリタっちを医者に診てもらった。幸い、ジュディスちゃんの止血もあって命に別条はなかったようだが、後少し遅かったら危険な状態だったらしい。
それから俺は、武器を青年に預けて自分をどこかに閉じ込めてくれるように頼んだ。リタっちの解析を信じてなかった訳ではないけど、もし不完全だったら俺はまたみんなを襲うかもしれないから……そう言い訳して。嘘はついていないが、本当はみんなの顔を見るのが辛いからという理由の方が大きい。多分青年はその本心に気付いている。気付いていて、それを承諾してくれた。
「……リタっちは?」
「まだ寝てるよ。まあ顔色もだいぶ良くなってきたし、朝には起きるだろ」
「そっか……」
そんなやり取りをしながら、青年が俺に歩み寄ってくる。
「リタが回復し次第帝都に出発する、何よりあいつがそう言い張るだろうからな……。だからおっさんもちゃんと体調整えとけ、あんたにまで倒れられたら迷惑だ」
まるで、俺も頭数に入れているような言い草……いや、本当に入れているのだろう。このユーリと言う青年も大概大馬鹿だ。
「こんなことしといて、今更迷惑も何もないでしょうよ」
俺の言葉に、青年は困ったように押し黙る。
そして彼が言葉を返してくる前に、俺の方が続きの言葉を紡いでいた。
「……青年、俺の武器返して――小刀だけでいいから」
今度は顔ごと青年を向く。
「……どうするつもりだ……?」
相変わらず逆光になっているものの、部屋に入ってきたため先ほどよりはその表情が見えるようになった。尋ねてきてはいるが、鋭い男だから俺の意図の予想はついているのだろう、その眉間にはしわが寄っている。
「決まってるでしょ、この喉掻っ切ってやんのよ」
青年の表情が、ますます険しくなった。
「……駄目だ」
低く、静かな声で、彼は俺の要望を一蹴する。
「なら丈夫な紐でいい。首吊って死ぬから」
「却下」
「……っ、じゃあ――!!」
すぐ傍まで来た青年の腰に手を伸ばし、刀の柄を握る。青年は反射的に鍔を押さえて抜刀を防ごうとするが、元より俺に抜くつもりはない。
「青年が殺してよ……あん時みたいに……!!」
シュヴァーンを殺そうとした時みたいに、俺も殺せばいい。殺した方がいい。
だってそうだろ? 俺はどっちにしろみんなを苦しめる、傷つける、煩わしい存在。好きだと一瞬でも思った少女にすら手を掛ける、どうしようもない大馬鹿者。
そんな奴、この世から消え去った方がいいに決まっている。
「……ふざけんのもいい加減にしろよ、レイヴン。
あんな怪我しても、リタがあんたの魔導器必死にいじってたのは何でだ? あんたを助けるためだろうが……!!」
遂に青年の声が荒くなる。
ああ、分かっているさそんなこと。だから駄目なんだ。あの子は俺のために自分の身も投げ出してくれた。もし今後同じようなことがあれば、やっぱり同じことをするだろう。
――だから……駄目なんだ。
そう言おうと思って口を開きかけた俺の目に、部屋の外から心配そうにこちらを覗きこんでくる2つの小さな影が見えた。
「レイヴン……」
「おっさん……」
泣きそうな顔をしてそこに立っていたのは、カロルとパティちゃん。2人とも俺と目が合うと、呟くように俺を呼ぶ。
そんないたいけな2人の仕草に居たたまれなくなり、青年の刀にかかっていた俺の手をすとんと落とす。
「……もういい、出てって」
立てた片膝に額を押し付け、俺は全てを拒絶するように自分の視界を遮った。そうして口にした拒絶の言葉。青年はしばらく何か言いたげにその場にとどまっていたけど、やがて衣ずれの音と足音を立てながら身を翻し、俺の傍から離れていく。
「せめて、リタが目覚ますまでは変な気起こすなよ。……死ぬなら、あいつに詫び入れてからにしろ」
ドアを閉める直前、青年がそう言ったのに俺は何の返事もしなかった。
カーテンの向こう側が、だんだんと明るくなってきた。
そろそろ日が昇るころだろうか、時計を確認する気にもなれないまま、俺は相変わらず座り込んだ状態で、ぼんやりと正面だけを見つめていた。
あの子は、もう目を覚ましただろうか……早く無事を確認したい――でも、顔を合わせたくない。触れたいけど、壊したくない……。どう接すればいいのかすら分からない。
そんな思考の堂々巡り。ずっとこの繰り返しだ。
「……おっさん」
不意に、部屋のドアが開いた。
その気配――そして先ほどの声に、俺は弾かれたようにそちらを見る。
「リタ……っち?」
なにも喉に通していないためか、声が掠れた。
そこには確かに、リタっちが立っていた。
「おっさん――」
俺の声に応えるようにもう1度そう読んで、リタっちは部屋の中へと足を踏み出した。
「っ! 来るな!!」
だが突然叫ぶように制止した俺に、ビクリとその足を止める。
「……来ないで……来ちゃ、駄目だ……」
掠れ、震える声で再度制止する。だがそれ以上彼女を見ているのも辛くなって、視線をゆっくりと外し、俯いた。
そのまま俺が何も言えずにいると、リタっちは黙って歩みを再開した。そして俺の正面まで来ると、その場で膝をつく。
「駄目……駄目なんだって、リタっち……」
力ない声ですぐ傍の少女を遠ざけようとするが、彼女が動く気配はない。
「今すぐ離れて……俺は、リタっちを斬って……傷つけて……。きっとまた、リタっちを苦しめるから……もう――!!」
胸も肺も、何もかもが苦しくて、途切れ途切れにしか話せない。
そんな俺の震える手に、小さく、暖かな手のひらが重ねられた。
「おっさん……」
その手を握って、リタっちが優しい声でまた呼んできた。
顔を上げると、彼女は微笑んでこちらを見つめてきていた。いつもの服の代わりにブラウスを着ていて、その襟の隙間から左胸に巻かれた白い包帯が見える。
そして彼女は俺の手を引き寄せると、その左胸に当てさせた――
「ねえ、おっさん分かる? あたしの命……あんたが、2回も助けてくれた命よ……?」
確かに感じられる、生者のぬくもり。その奥でトクン、トクンと、俺にはもうない鼓動も感じられる。
生きているからこそ感じられたそれに、少なからず俺の気が和らぐ。
だが、それでも――
「でも、2回も殺そうとした……」
「じゃあプラスマイナスゼロね」
俺の言葉にリタっちはすぐ切り返してきて、少しだけ可笑しそうに笑った。
「まったく、お互い生きてたんだから馬鹿なこと言ってないで少しは嬉しそうな顔しなさいよ……」
すると、今度は自分の手を俺の頬に伸ばしてくる。
そこに触れた彼女の手もやっぱり暖かくて、まるで染み込んでくるように神経を伝わってきた。
「おっさん、もういいの。誰もおっさんを恨んでなんかない、あたしも、おっさんに傷つけられたなんて思ってない」
そう言って彼女は俺に身を寄せ、抱きついて来た。
「だから生きて――ずっと、あたしの傍にいて……。もう、自分だけ死のうなんて考えないで……」
俺の背中を握り、ぎゅうっと腕に力を入れるリタっち。
俺はと言うと、ただ呆然としていた。
自分が予想していたよりずっとずっと暖かいリタっちに、これ以上の拒絶ができなかった。ずっと望んでいたぬくもりを感じてしまった、想いを受け取ってしまった。
――俺は、まだやり直せるのか……?
恐る恐る彼女の背中に手を回す。そして遠慮がちにその服を掴むと、「抱きしめるならちゃんと抱きしめなさいよ」とリタっちが呟いて――もう、止まらなくなった。
「リタっち……リタ……!!」
彼女よりずっと強い力で目の前の少女を抱え込む。
「ごめん……ごめんね、リタ……ありがとう……!」
視界がにじんで、自分が泣いていることに気付いた。涙なんてまだ残ってたんだな、なんて頭の片隅で思いながら、熱い目頭を彼女の肩に押し当てる。
単純な俺の頭では、こんなにきつく抱きしめて傷は大丈夫だろうかとか、そもそもこの子はもう歩きまわっていていいのだろうかとか、そういう考えまで及ばなかった。あんなにこの子を気遣っていたのに、ただひたすら彼女のぬくもりを求め続けていた。
だがそうしている内に、だんだんと俺の感覚は鈍っていって――
リタが、ベッドから消えた。
1時間ほど前に意識を取り戻したリタ。丁度隣に付き添っていたユーリに向かって開口一番「おっさんは無事?」と尋ねてきた彼女に、少し迷いはしたもののレイヴンの状況は包み隠さず話しておいた。
「……あの馬鹿」
全部聞いた後、リタが寂しそうにそう呟いたのを覚えている。
それからしばらくして彼女が温かい飲み物が欲しいと言ってきたので、宿の給湯室でホットミルクを作り――戻ってきたら、ベッドに彼女の姿はなかった。
最初数秒間は慌てたものの、今彼女が行きそうな場所は簡単に想像がつく。ミルクが入ったカップを目の前のテーブルに置いて、ユーリはすぐに身を翻していた。
廊下を進むと案の定、あの部屋のドアが開いていた。
(ったく……)
内心で溜息をつきながらも、彼女らしい行動に自然と苦笑いする。後はレイヴンが馬鹿な真似をしていなければいいが……。
「リタ、おっさん」
そこいるはずの2人を呼びながら、ユーリは部屋の中を覗きこんだ。
リタが、こちらに背を向けて座り込んでいる。一方、レイヴンは彼女にしだれるようにして――倒れていた。
「っ! おいおっさん!?」
思わずそう叫んで、足音を立てながら駆け寄ろうとする――が、
「しっ!」
リタが唇の前で人差し指を立てて振り向き、こちらを睨みつけてきた。
「大丈夫、寝てるだけよ」
それだけ言って、彼女はまたレイヴンに視線を戻す。
見ると、確かに彼の身体がゆっくりと上下している。ずっと気を張り詰めたまま起きていて、リタを見て安心し気が緩んだ隙に……そんなところか。
「何だよ……驚かせやがって」
安堵の息を吐きながら、静かに2人に歩み寄る。
「これで、全員揃ったな」
「……ええ、あとはエステルだけ」
ユーリの言葉に、リタはレイヴンを抱えたままうなずいてみせた。
それからまた彼を振り向いて、今度は穏やかに笑って口を開いて来る。
「医者、呼んできて……多分こいつもかなり無理してたと思うから」
おおよその内容は、ユーリにも何となく想像がついた。
「……分かった。ま、お前も無理すんなよ。医者つれてきたら大人しく寝とけ」
それだけ言って、彼女の言葉に従うべく部屋を後にする。
残されたリタは、ユーリに小さく「ありがとう」と呟いてからレイヴンの顔を覗きこんだ。
彼女の胸に耳を当てるような体勢で、彼は眠っていた。そう言えば、人は心臓の鼓動を聞くと安心できるという話を聞いたことがある。……今の彼を見ていると、多分本当なんだろう。
(ホント……子供みたいな顔しちゃって……)
無防備な寝顔で眠り続ける彼を愛おしげに見つめ、より彼が自分の鼓動を聞けるように強く抱きしめた。
「……おかえり、レイヴン」
そう呟いて重ねた唇はきっと、道具を人間に戻す魔法――
お付き合いくださりありがとうございました!!
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