かっこいいおっさんがいないよ! 本格的なマダオだよ!
愛哀リバーシブル
おっさんと、喧嘩した。
別に、ただの喧嘩ならいつものことだ。いつもフラフラしてるおっさんにあたしが怒って、それでもへらへらしてるおっさんに更に怒って、でもいつの間にかおっさんに丸めこまれる……それが、いつものパターン。
でも今日は、おっさんが本気で怒ってしまった。……あたしが、怒らせた。
凛々の明星が請け負った仕事の関係でしばらくダングレストに滞在していたこともあり、ここ最近のあたしはずっと宿の部屋に籠って魔導器の専門書を読み漁っていた。目的は、おっさんの心臓魔導器の研究――戦闘で大技を出す度に辛そうなおっさんの姿を見て、何とか負担を減らせないかと思ったから。
本当は、戦闘に出なかったりあの技を使わなかったりすればいい話だけど、アイツはその要求を受け入れようとはしない。普段はだらけきってる癖に、「おっさんだけ楽する訳にもいかんでしょ」とか殊勝なことを強い意志を込めて返されると、強要することは出来なかった。だから、せめて心臓魔導器自体の性能をどうにか出来ないかと色々と調べてみることにしたのだ。
でも、寝る間も惜しんでの研究が祟ったのだろう。昨日の夕食におっさんが呼びに来て、嫌々ながらも立ち上がった瞬間に身体の力が抜けてしまったのを感じてから記憶がなくて――目が覚めたのは次の日の昼、あたしの身体はベッドに寝かされていた。そして視線をその横に向ければ、椅子に座ってあたしを見下ろしているおっさんの姿。
「リタっち……」
ずっとあたしの傍についていてくれたのか、おっさんの目の下にはうっすらと隈があった。
「何で、倒れるまで無理したの?」
そして、起き上がって早々あたしにかけられた声はいつものだらしない声でも、優しい声でもなかった。低い静かな声に、あたしはおっさんが怒っていることに気付く。
途端に、あたしの中に生まれたのは一晩中あたしの傍にいてくれたことに対する感謝ではなく、その態度と言葉に対する反発心。だって、いつも無理してるのは自分だって同じなのに、自分への忠告は聞き入れようとしないのに、あたしが少し無理したぐらいでこんなに分かりやすく怒ってくるなんて、勝手にも程がある。
「……あんたこそ無理してんじゃない。こないだ言ったでしょ、あんまり心臓に負担かけるな――」
「今はリタっちの話してんの」
おっさんは真顔であたしの言葉を遮り、ベッドの上に何かを放る。
「これ、おっさんの心臓に関係した本でしょ? こんなもんの為に徹夜して、倒れて……何? おっさんへの当てつけのつもり?」
それは、あたしが倒れる直前まで読みふけっていた研究書。魔導器によるエアルの消費と人体の循環の関連性について書かれている数少ないもので、苦労して手に入れた本なのにおっさんはあまりにも軽々しく扱う。――それに、おっさんが軽々しく扱ってるのは本だけじゃない。
「っ! こんなもんって何よ……その子は、あんたを生かしてくれてるもんでしょ……!?
当てつけな訳ないじゃない! あたしは、あんたに生きてて欲しいだけよ!!」
更に込み上げてきた怒りに任せ、あたしは本心からの言葉で怒鳴り、おっさんを睨みつけた。
「戦闘の時に調子悪そうなあんた見て、あたしだって心配なのよ……! だから、少しでもあんたの負担を減らせるようにって、そう思ってずっと研究してるのに……どうしてあんたはそうなのよ!?」
あたしがこんな必死になって研究を続けているのに、どうしてこの当人はその命を大切に出来ないのだろう。
おっさんは眉間に皺を寄せ、あたしをじっと見つめている。
――そして返された言葉は、そんなあたしの気持ちをはねのけるもの。
「……別に、心配してくれなんて頼んでないでしょ」
その瞬間、あたしは枕をひっつかみ、おっさんの顔面を思いっきりひっぱたいた。
あたしに追い出されるまま、黙っておっさんが部屋を出て行ってから数時間。黄昏色だった窓の外がだんだん暗くなり、1日の終わりを迎えつつある。
1日を寝て過ごすなんて勿体無いことするつもりはなかったのに、あたしはまだベッドの中にいた。
(……どうして、あんなこと言っちゃったんだろ……)
おっさんが出て行ってからあたしの中で大きくなっていくのは、後悔。
今思えば、心配してくれていたのはおっさんも一緒だった。数日前から缶詰め状態で研究を続けるあたしの部屋にちょくちょく訪れては「無理しちゃ駄目よ」と忠告してくれたり、夜食やおやつを差し入れてくれてたりしたのに、それにも拘らずあたしは無理を続けて倒れてしまった。その上、おっさんは倒れたあたしの傍にずっと付き添っててくれたのに……なのに、あたしはおっさんに礼を言うでも、謝る訳でもなく、自分の気持ちに取り合ってもらえないことへの怒りをぶつけただけだった。
(あたし……可愛くない)
あの時おっさんをひっぱたいた枕を抱きしめながら、溜息を吐く。これじゃ、おっさんが怒るのも無理ないか。
でも、このままじゃ駄目だってこともよく分かってる。おっさんの心臓の面倒を見れるのは現状あたしだけなんだから、やっぱりあのバカにはもう1度ガツンと言わないと……。
「あ、リタ姐、具合はもういいのか?」
部屋から出ると、丁度ロビーの方からやってきていたパティに声をかけられた。
「う、うん、もう全然平気よ。心配掛けたわね」
とたとたと走り寄ってくるパティにそう答えると、彼女は安堵の息にも溜息にも聞こえるような息を吐く。
「そうか、それは良かった。まったく、せっかくリタ姐が元気になったというのに人一倍心配しとったおっさんは何処に行ってしまったのじゃ……?」
「おっさん、どっか行ったの?」
「ああ、昼にリタ姐が目を覚ましたと知らせに来て、それから野暮用とかで出て行ったきりじゃ」
「そろそろ晩ご飯じゃというのに……」とぶつぶつ続けながら、パティは腕を組む。
「……あたし、探してくるわ」
「え、でもリタ姐身体は――」
多分、あたしが原因だろう。そう思ってあたしは宣言し、パティの返事も聞かないまま宿のロビーへと駆け出していた。
宵の喧騒から外れた、街のエントランスとなっている橋の欄干に、おっさんは体重を預けて立っていた。
「おっさん……」
それを認めるや否や声をかけて駆け寄ると、おっさんは弾かれたようにこちらを見てから困ったように眉尻を下げる。
「あ、リ、リタっち……どうしたの? もう出歩いても平気なの?」
その声からも、昼の時のような怒りはもう感じられない。あたしは「うん」と一つ頷くと、こちらに向き直ったおっさんの正面に立って上目遣いでその表情を窺う。しかしあたしと目を合わせたおっさんは気まずそうに顔を背けてしまって、更には一歩足を引いてあたしから距離を置こうとする。
「おっさん」
でもあたしが呼び止めて羽織の端を掴むと、その動きがピタリと止まった。
それから、しばし落ちる沈黙。お互い本気で怒ってたあの喧嘩を繰り広げ、気まずいのはあたしも一緒で……だけど、やっぱりあたしは――
「おっさんのことが、心配、だから……」
羽織を握りしめたまま、あたしは思うままに言葉を紡ぐ。
「……あたし、おっさんが心配してくれてることを、ちゃんと考えてなかった……。おっさんだってあたしのこと心配してくれてたのに、一方的に腹立てて、怒鳴ったり、殴ったりして……ごめん。
でも、おっさんがあたしのことを心配してくれたみたいに、あたしもおっさんのことが心配だから……」
ガツンと言うはずが、あたしの語尾は消えていく。一度おっさんの気持ちを無下にしておきながら、自分の気持ちだけ強く主張するなんて、やっぱりできなかった。
「……違う……違うんよ、リタっち」
そうして自分の手元を見ながら黙り込んでいると、おっさんが首を横に振った気配がする。その声は震えていて、見上げるとおっさんは何故か泣きそうな顔をしていた。
「おっさんは、ただ怖かっただけ……リタっちが俺の為に倒れるまで頑張ってくれるのが、怖かったんよ。俺自身の為に誰かを失うかもしれないってことが……どうしようもなく」
それは、多くの人を失ってきたおっさんの心の叫びだった。10年間封じてきた心が、不器用ながらも主張する孤独への恐怖――それが、このおっさんが怒っていた理由、今にも泣きそうな理由。
「それで、リタっちにあんな酷いこと言っちまって……。謝らないといけないのはこっちの方よ、リタっちは、俺の為に頑張っててくれたのに……」
おっさんの手が、遠慮がちにあたしの頭を撫でる。いつもは止めろといってもくしゃくしゃと髪をかきまわす癖に、怯えるような手つきが今度はもどかしい。
――そんな、さみしがり屋の癖に人をはねのけるおっさんがどうしようもなく愛しいと感じるあたしは、どうかしてるのかもしれない。
「……大丈夫だから」
「え――」
羽織から手を離し、少し背伸びをしておっさんの背中に腕を回す。引かれるまま背をかがめる形になったその肩に顎をのせ、あたしはこの臆病者の中年を抱きしめた。
「あたしは、いなくなったりしない。あんたみたいな手間のかかるおっさんと、そんなおっさんを一生懸命生かそうとしてくれてるその子置いて、あたしがどっか行くと思う?」
耳元でそう言うと、おっさんは硬直したまましばらく黙りこむ。考えるまでもないでしょ、バカっぽい。
急かすように抱きしめる力を強くしてやると、おっさんもおずおずとあたしの身体に手を回す。
「ホントに、いなくならない?」
途端に苦しいぐらいきつく抱きしめられ、ようやくおっさんは言葉を紡いだ。縋りつくようなその抱擁と声に、あたしは思わずおっさんの頭を撫でる。やっぱり、あたしはこんな情けないおっさんがどうしようもなく大好きみたいだ。
「当たり前でしょ、あたしを誰だと思ってんの? あんたこそ、勝手に無理したり、いなくなったりしないでよね。
……あたしもまあ、今日みたいに倒れたりしないように気をつけるわ、でないとおっさんがまた年甲斐もなく泣いちゃうもの」
「っな、泣いてなんかないでしょうが!」
あたしの言葉にそう反論しながらも、おっさんはあたしを抱きこんだまま顔を見せようとはしなかった。でも、頬に触れているおっさんの耳は熱くて、ついでにピクリと動く。
まったく素直じゃないんだから。しょっちゅうおっさんに言われている言葉を、あたしは心の中で呟く。これじゃまるでいつもと逆だ……でもたまには、悪くない。
「……愛してるわ、レイヴン」
「っ……おっさんも……」
せっかくなのでいつもおっさんに囁かれる歯の浮くような台詞を口にしてみると、いつものあたしみたいにおっさんの顔が熱くなるのが分かった。やっぱりあたし達に必要なのは、互いの気持ちをちゃんと伝えて、理解することらしい。
ま、これで少しはあたしの気恥かしさも理解出来たでしょ、ざまぁ見なさい。
おっさんとリタっちが本気で喧嘩することってあんまりない気がする。
本文中にもあるとおり、大抵はリタっちがポコポコ怒ってておっさんがそれをへらへらかわしてるイメージ。
自分にコンプレックス持ちまくりのおっさんは、喧嘩してまで自分の主張を通したいとは思ってないって感じで、リタっちに限らず常に周囲が優先(ウチの生存閣下もこんな感じですね)。
ん? ギルドのサブイベでの嬢ちゃんとの喧嘩? 知らんなぁ……。
だから、逆に自分を犠牲にしておっさんを助けようとしちゃうリタっちにブチ切れるおっさん可愛くね? ←結論
……という自分の性癖を見つめ直すいい機会になった作品でした。
とまあどうでもいい語りが入ってしまいましたが、素晴らしいリクをありがとうございましたm(_ _)m
リク主の翔音様のみお持ち帰り可です。
ぽちっとお願いしますm(_ _)m