ED後の2人がグダグダしてるだけです(ぇ。
それではどぞー。
鍵っ子ロマンチシズム
「はい、これ」
「なに、これ」
研究成果の報告の為に帝都に来ていたリタっちをダングレストに帰りがてらハルルまで送った別れ際、俺が差し出した合鍵を見てリタっちはあからさまに胡散臭そうな顔をした。
テンポ良くノリの悪い言葉を返され俺はがっくりと肩を落としてみせるが、確かにこんなものを唐突に渡されても大体の人間はポカンとするだろう。だから不審者を見るような目でおっさんを見つめるのはやめてリタっち。
「おっさんの家の鍵。今後、調査やら何やらでダングレストの傍に来ることもあんでしょ? そん時の宿にでもどーぞ」
「はあ?」
努めていつもの道化た調子でそう提案してみるが、実はこれでも決死の覚悟で臨んでいる訳で……真っ赤な顔で「バカっぽい」とか言いながらも受け取ってくれるような反応を期待していなかったと言えば嘘になるけど、自分に向けられる視線が不審者を見る目から変態を見る目にシフトされるのはなかなか堪える。
「何であたしがあんたの家に泊まんなきゃなんないのよ」
「い、いやぁだって……リタっちもおっさんに会いたくなる時だってあんでしょ? てかおっさんはせっかくリタっちがダングレストまで来たんなら寄って欲しいなぁ~って。
あ、勿論おっさんがいない時でも自由に使ってくれて構わないからさ、なんてったって恋人なんだし!」
「きっも」
吐き捨てられた言葉で俺の心のゲージがぎゅーんと削られる。これはもはやツンデレとかそういうレベルではなく、本当に嫌がられている。
……正直に言おう、世代の違うリタっちには理解できないかもしれんけど、合鍵というのは恋人の浪漫だ。少なくともおっさんの世代では。仕事で疲れて家に帰って「あれ、鍵が空いてる……締め忘れたかな?」と思って玄関を開けると自分のぶかぶかのシャツを着た恋人がキッチンに立って夕食の準備をしながら、優しく「おかえりなさい」と言ってくれる小さなサプライズなんかも期待できる、浪漫の塊なんよ。こらそこ、古臭いとか言わないの。
だがこの調子だと、そういった甘い展開に転がるどころかリタっちに合鍵をもらってもらうという第1段階も危うい。俺は折れそうな心を何とか保たせ、リタっちの手を取ってその上に合鍵を乗せた。
「そんなこと言わずにさ~、おっさんの心臓診に来てくれることもあるだろうから、ね?
別にこれ貰ってリタっちが損する訳でもないんだから、持っててちょうだいよ」
普段自分からは触れないようにしている心臓のことをダシにしてまで、俺はリタっちに合鍵を貰ってもらおうと必死だった。
「……はあ……ったくしょうがないわね。何かよく分かんないけど持っとけばいいんでしょ?」
しつこい俺に遂に折れてくれたリタっちは、大きくため息を吐きつつも手に乗せられた合鍵をポケットにしまう。それだけで俺は嬉しくなり、ぐしゃぐしゃとその頭を撫で、今度こそ「ウザい!」と蹴り飛ばされた。
そんな押し問答があって早2ヵ月。馬車馬のようにギルドと騎士団の混成部隊で働かされる毎日を送っていた俺は、今日も重い疲れを背中に乗せて家へと帰ってきた。
いつものように羽織の懐から鍵を取り出し、玄関のカギ穴に差し込む。それからくるっと左に――
(……ん?)
回らない。
「あれ、鍵が空いてる……締め忘れたかな?」
やーねぇもう年かしら、なんて付け足しながら俺はそのまま鍵を抜き、ドアノブを回す。10年間死人をやっていた名残で盗られて困るようなものも置いていない家なので、我ながら呑気なものだ。
「ふぃ~、ただいま……って、誰もいな――」
「おかえり」
ドアを開けながら口にする日課の1人ツッコミを途中で遮った声は、しばらくご無沙汰の恋人のもので……玄関から入った正面、こちらから見て部屋の右側に取り付けられたキッチンスペースに、リタっちが立っていた。
「………………」
ばたん
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
その光景に一度思考停止した後、俺は思わず玄関の外に身体を戻す。ドアの向こうからリタっちの声が聞こえてくるけど、ちょっと待って欲しいのはこっちの方だ。
だって……本当に俺の家に来てくれていることだけでも信じられないのに……。
(何で俺のシャツ着てんのよ……!!)
一瞬見えたリタっちの服は、いつもの赤ではなく俺が着るピンクのシャツ。その下にはすぐ白い足が晒されていたが、流石にホットパンツか何かは穿いているだろう。そうでないと俺の理性がヤバい、シャツだけで鼻血もんなのに。
2ヵ月前の妄想がまさかの実現を果たし、喜びやら驚きやらで機械仕掛けのはずの俺の鼓動は一気に早くなる。だが、せっかくリタっちが来てくれているのだ、このままこんなところ(玄関先)で悶えている訳にもいくまい。
ガツン、と頭を一発壁にぶつけてから、俺はもう一度ドアを開けた。そして恐る恐る中を覗いてみると、俺のシャツの上にエプロンをつけたリタっち(やっぱりホットパンツを穿いていた)が玄関のすぐ前に仁王立ちしていた。
「何してんの、おっさん」
「いや、別に……リ、リタっちこそ、どうしたの? 急におっさんの家に来るなんて」
「何よ、来ちゃいけないの? こないだは散々来て欲しがってたくせに」
「まさか! 来てくれて大歓迎よっ! ただちょっとびっくりしただけだって」
「ふーん……まあいいわ、ご飯出来てるからさっさと食べるわよ」
そう言うとすたすたとまたキッチンの方に向かうリタっち。確かに家の中には、味噌仕立てのいい匂いが漂っている。あのリタっちが、俺の家に来てくれて、俺のシャツ着て、わざわざ俺の為に夕食を作ってくれたということを今更ながらしみじみと実感した俺は、そんなリタっちを追いかけて背中から抱きしめた。
「リタっち結婚しよう!」
いきなりそう口走った俺の顔に、リタっちからの裏拳が飛んできたのは言うまでもない。
「最初はヘリオードまでの用だったのよ。あそこの結界魔導器を撤去するってことで、今後必要な部品もあるかもしれないから解体に立ち会って欲しいって言われて。で、せっかくトルビキアまで渡って来たんだからついでにあんたの心臓魔導器も見ておこうと思ってダングレストまで足伸ばしたんだけど、到着の直前にスコールが来てもう散々だったわ」
テーブルの向かいに座ったリタっちは、自分の作ったサバみそを箸でつつきながらここまで来る経緯を説明してくれた。そう言えば今日の昼にバケツをひっくり返したような雨が降ってたわね。
「ちょっと、聞いてるの?」
「ふぃいふぇふっふぇ」
だがリタっちの手料理を堪能するのに手いっぱいの俺は、それを聞くだけ聞いて返事をおろそかにしてしまう。「聞いてるって」と答えようとした声も、丁度口の中に入れていたライスによって言葉を阻まれる。
「――で、おっさんの家に来ておっさんのシャツ着て、晩ご飯作って待っててくれてたって訳ね」
ひとまず味噌汁でライスを流し込んでから、ジト眼でこちらを眺めてきているリタっちにそう返す。
「あんがと、リタっち。すっごい美味しいわ」
旅をしていた頃から着々と腕を上げたリタっちの料理は本当に美味しくて、そうでなくとも恋人の料理というのは1日の労働で疲れ切った身体には最高のごちそうだ。
「べ、別に……料理なんて科学みたいなもんだし、レシピさえあれば楽勝よ」
俺の幸せアピール全開の笑顔と言葉に、リタっちは顔を赤くしながらそう答えてぷいとそっぽを向く。確かに、元々科学者気質の彼女ならレシピどおりにすれば大抵の料理は作れてしまうだろう。だが俺が嬉しいのは、リタっちがわざわざ自分1人では食べないような俺の好物を作っていてくれていたこと。
「気が向いただけよ……」
そう伝えると、案の定リタっちはさらに顔を赤くしてぼそっと呟き、気を紛らわすようにみそ汁を啜り始めた。ようやく見られたリタっちらしい仕草に、俺の疲れはあっという間にふっ飛んでいく。あー、2ヵ月前に諦めなくて良かった。
リタっちの作ってくれた夕食を堪能し、久しぶりに心臓魔導器のメンテナンスをしてもらって、さあいよいよ寝ようと言うことになった。
「リタっちベッド使っていいわよ、おっさんはソファで寝るわ」
「え……」
押し入れから自分の毛布を引っ張り出しながら俺がそう言うと、リタっちは拍子抜けしたような、がっかりしたような声を発する。
(え、何その反応……)
予想していなかった反応に、俺の方も動きが止まる。まさかおっさんのベッドなんか嫌、とか? 悲しいけれどあり得ないことではない。
でもリタっちは俺を怒鳴ることも殴ることもなく、ただ顔を赤くして視線を泳がせている。……もしや、これは……。
「べ、別に……一緒に寝てやっても、いいわよ……?」
俺と視線を合わせずにもじもじとそう申し出てくれるリタっちは最高に可愛かった。
「あんたが嫌じゃなければ、だけど……」
「いっ、嫌な訳ないじゃない! リタっちが添い寝してくれるなんてむしろおっさんとしては大歓迎よ!!」
飛び跳ねんばかりの勢いで俺は喜んで見せる。リタっちとこんな絵に描いたような恋人生活が過ごせるなんて、今日は何て幸せな日なんだろう。理性が保たんかもしれんけど、という言葉はぐっと飲み込んで、俺はリタっちを抱きしめた。実際、俺の心のケージは既に上限を振りきっていて、これ以上何かしてもらおうという気も起きなかった――
(はず、なんだけどなー……)
いざ明りを消して2人でベッドに潜り込むと、やはり理性はぐらぐらと揺らぎ始める。だってリタっちったら正面から俺にひっついて挙句の果てにはぎゅーって寝巻きを掴んでんのよ、ぎゅーって。俺の顔のすぐ近くにある栗色の髪の毛からはシャンプーのいい香りがするし、心臓に悪いったらありゃしない。
それでも、リタっちにはその気がないだろうからなんとか耐えなければ……。
「……おっさん」
「はいっ!」
悶々と考え込んでいる最中にてっきり寝ているものと思っていたリタっちに話しかけられ、思わず身体が跳ねる。
「どうして、あんな必死になってあたしに合鍵なんてくれたの……?」
尋ねてきたリタっちの声は静かで、純粋に疑問に思っているということが分かる。俺はその質問に少し驚いたり、必死だったことがバレていたことに情けなさを感じたりしつつも、はぐらかそうとはせず素直に答えようと思った。
「笑わない?」
「笑われるような理由な訳?」
「いや、そういう意味じゃないけど……」
「言ってみなさいよ、笑わないから」
だが気恥ずかしいその理由をすぐに述べるのはやはり躊躇われて、リタっちに促されてようやく口にする。
「リタっちとね、繋がっていたかったんよ……」
そう、浪漫云々の話はともかく、要はこの娘には長年俺しか開ける者のいなかった、この小汚い玄関を開けられるもう1人の人間になって欲しかった。嬢ちゃんの監視から始まった長い長い旅が終わり、甲斐性なしの俺は同居なんて切り出せる訳がなくて、俺の家の鍵をリタっちが持っていてくれている……そう考えることで、次の逢瀬がいつになるかわからないこの娘と繋がっているような気になりたかったのだ。
ずっと俺の肩に触れていたリタっちの額が離れてこちらを見上げてくる気配がするけど、今度は俺が視線を逸らす番だった。だって、いい年こいたおっさんがこんな女々しいこと言ってんのよ? 恥ずかしくもなるでしょ。
「おっさん……ひょっとして寂しかったの?」
「……ん、そ。だから今日リタっちが来てくれて、ホントに嬉しかったわ。ありがとね」
その根底にあるますます女々しい感情をズバリと言い当てられてまた恥ずかしくなるけど、その寂しさを埋めてくれたこの娘の存在がそれ以上に愛しくて、お礼の言葉と一緒に額にキスを落とした。
するとリタっちはまた照れたように顔を俺に押し当てる形で隠してしまい、俺はまたムラっと……っていかんいかん、どう考えてもそんな雰囲気じゃないでしょ今は!
「――た、しも……」
そんな俺の耳に、くぐもったリタっちの声が聞こえてくる。
「あたしも……寂しかった、わよ……バカ」
恥ずかしそうに詰まらせながらリタっちが紡いだ言葉に、俺は我が耳を疑った。
「え……ホント?」
「何よ……あたしが寂しかったらいけないの?」
「だってリタっちってば、合鍵渡した時もあの反応だったし、それから2ヵ月間ずっと音沙汰なしだったし、今日だってあくまでついでだったんじゃないの?」
「それは……あんたのことだからもうちょっと不純な動機で渡してきたんだろうと思ってたし、ただ会いたいってだけでこんなところまで来たら、笑われるって思ったから……」
いかにもリタっちらしい言い分だ。ひねくれてて、不器用で、意地っ張り。だからこそ可愛いくて仕方ない……なんて、今更だけどね。
「お馬鹿さんねぇ……笑う訳ないじゃないのよ」
栗色の髪に顎を乗せ、頭をなでながらそう言い返す。ふと触れたリタっちの耳は熱くて、さぞや真っ赤になっていることだろう。
「じゃ、さ……これからお互い寂しくないように一緒に暮らさない……?」
そうして俺の口から漏れたのは、一世一代の大告白。
「駄目」
「………………」
が、その告白は即座に崩れ去る。
全快していた心のゲージは一気に皮一枚となり、俺は返す言葉もなくその場で固まってしまった。
しかしそんな俺を知ってか知らずか、リタっちの口から続いたのは健気で頼もしい言葉――
「……あたしもあんたも、今暮らしてる所でまだまだやることがあるでしょ。だから、それが一段落ついてから……そしたら、仕方ないからおっさんと一緒に暮らしてあげるわ」
自分にしかできないことを重々理解して、その小さな背中に背負っているリタっちは、そう言いうと俺から少し身体を離してまた見上げてくる。少し潤んでいるようにも見える瞳は強い意志を秘めて真っ直ぐに俺を捕え、その俺がよっぽどアホ面をしていたのかすぐに噴き出すようにリタっちは笑う。
「だから、そんな顔するんじゃないわよ……あたしも、頑張るから」
いつの間にか子供のようにあやされる側になっていた俺にはその笑顔が妙に大人びて見えて、なのにその言葉は子供のように可愛くて、堪らず返事の代わりに唇を重ねた。
……やっぱり、この娘には敵わないわぁ。
「はい、これ」
「なに、これ」
翌朝、ダングレストを去る間際にリタっちが差し出してきたものに、俺は反射的に手を伸ばしながらもそう返した。あれ、このやり取りどっかで聞いたことあるような……。
手の上で光ってるのは、小さな金色の鍵――鍵?
「近くまで来ることがあったらいつでも寄ってくれて構わないから……しばらくは、それで我慢しなさい」
いつもの調子に戻ったリタっちはそれだけ言うと、ぷいとそっぽを向いてしまった。つまり、これって――
「リタっち……」
「な、何よ」
「ひょっとして、おっさんの所に来てくれたのってこれ渡す為……?」
「っな……!!」
尋ねてみるとリタっちは顔を真っ赤にして、「どうして分かったのよ!?」って驚いたような顔。
「だって、自分が使う分以外の合鍵なんてそうそう持ってるもんじゃないでしょ」
「た、たまたまよ! たまたま持ってただけなんだから!!」
「……っはは、うん、そーゆーことにしとくわ。じゃあ今度は、おっさんがリタっちの晩ご飯作りに行こうかしらね」
必死に否定するリタっちの可愛さに免じて俺はおとなしく追及を止め、けらけらと笑ってみせる。
「……言ったからには絶対だからね」
ぼそりと呟いたリタっちの言葉には明らかに期待の響きが混じっていたのを、俺は見逃さなかった。
……ん、もう少しこの些細な繋がりが糧になるような恋人生活が続くのも、悪くないかもね。
お互いに合鍵をペンダントにしてお守りみたいにしてればいいと思うよ(^p^)
合鍵というキーワードに対する発想の貧困さに全俺が泣いた。
最初はおっさんに合鍵を渡されてもだもだするリタっちを書く予定だったのに、何故かおっさんをもだもださせてしまった……どうしてこうなった。
ED後同居設定も大好きですが、こういうすといっくなお付き合いも素敵だと思います。なんてったっておっさんヘタレだし。
おっさんはたまに会う度に美人になっていくリタっちにキュンキュンしたり悪い虫が寄ってこないかと思ってもだもだしてればいいと思う。
nezu様リクエストありがとございました、こんなんでよければどうぞ!
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