何か月ぶりに現パロ投下です。
これから第2部的なものが始まりますよー。
Heartful Life ♯14:夕日が沈んだらシチューに会いに行こう
「……うぅ~……」
もう何度目にもなる唸り声をあげて、あたしは手に取っていた小皿を置いた。
目の前の鍋の中には、クリームシチュー……になり損ねたもの。
(慣れないことするんじゃなかった……)
家に置いてもらってるんだから何か手伝おうと、ようやくそこまで考えが至ったあたしは、疲れて帰ってくる2人のために夕食を作ろうとした。
冷蔵庫や戸棚を漁った結果、ルーと野菜と鶏肉が見つかったからすぐにメニューは決まった。……具を切って煮てルー放りこんだら完成だし……。
そう思って料理に取り掛かり、何とかここまで来たはいいものの――
(味……うっす……)
水の量を間違ったのか、酷く淡白な味になってしまった……とろみも全然ないし。ルーを足そうにも全部使い切ってしまい、お手上げ状態。
「……もうすぐおっさんたち帰ってくるのに……」
勝手に食材を使っておいて全部捨てる訳にも行かず、あたしは途方にくれる。
「ただいま」
最悪のタイミングで、玄関のドアが開きシュヴァーンの声がした。
(どうしよう……どうしよう……!)
軽くパニックになったあたしは、その場であたふたするばかり。
「ん? どうしたんだ、リタ」
あっという間にシュヴァーンがやって来て、あたしがキッチンにいるのが珍しかったのだろう、目を丸くして尋ねてくる。
「あ、お……おかえり……」
それだけ言って、恥ずかしさと申し訳なさのあまり、あたしは俯いてしまう。それでも鍋の方が気になってそっと見てみる、と、シュヴァーンがその視線に気づいた。
「お、いい匂いがしていると思ったらシチューか……作っていてくれたのか?」
あたしの頭を撫でて、鍋に近づくシュヴァーン。……まずい。
「う、うん……。でも……食べない方が、いい……かも……」
「………………」
歯切れの悪いまま目を合わせようとしないあたしとシチューを、彼は交互に見る。
そしておもむろに小皿を手に取り、もう片方の手に持ったおたまでスープを注ぐ。
「あ……」
あたしが止める間もなく、シュヴァーンは小皿に口をつけた。
「………………!!」
泣きそうになりながら突っ立ってるあたしの耳に、「ふむ」と何か考え込むようなシュヴァーンの声が入る。
「そうだな、小麦粉小さじ1と牛乳1カップ……後はコンソメ2つと言ったところか……」
「え……?」
がっかりさせてしまうんじゃないかとびくびくしていたあたしは、妙に平静なその声に思わず顔と声を上げる。
シュヴァーンは機嫌を損ねた様子もなく、微笑んで戸棚を指し示した。
「小麦粉はそこの戸棚の下に、コンソメは2段目にある。入れてみるといいかもしれないぞ」
シュヴァーンが言った通りの分量の調味料を入れて、あたしはもう一度鍋を掻きまわしてみる。途中、シュヴァーンは傍に立って火加減とか混ぜるスピードとかアドバイスしてくれたけど、手を出そうとはしなかった。
そうして出来上がった、クリームシチューらしきもの。味見してみると、さっきまでとは比べ物にならない程まともな味になっていた。
「今日のシチューはリタが一人で作ってくれたんだぞ」
おっさんの前にシチューを注いだお皿を置きながら、シュヴァーンが言った。
「マジで!? うっわ、リタっち頑張ったわねぇ!」
途端に目を輝かせたおっさんがオーバーなくらい食いついてくる。
「何言ってるのよ……シュヴァーンも手伝ってくれたじゃない」
「俺はつまみ食いして横から好き勝手に口を挟んでいただけだ」
顔が熱くなるのを感じながらシュヴァーンを軽く睨むけど、当の本人はわざとらしく肩をすくめるだけ。……まったく、物は言いようとはよく言ったものね。
「ねーねー早く食べましょー! 俺様腹減ったー、リタっちのシチュー早く食べたーい!!」
おっさんはおっさんで、人の気も知らずに一人盛り上がってるし。
「……バカっぽい」
「まったくだな。静かにしろ、愚弟」
「ぶー」
あたしが呟いて、シュヴァーンがたしなめて、おっさんはおとなしくなる。というか、拗ねた。
こんな騒がしい食卓も、今やあたしの生活の一部。呆れたりすることもあるけど、前のような煩わしさは感じない。ただ、今日の食卓は緊張と気恥かしさが少し。
(味はまぁ……まともになったけど……)
もはや恒例となったおっさんの「いただきます」の後、皿のシチューをスプーンで掬いあげて思わずため息。
まともな料理なんて、学校の調理実習にすら参加しようとしなかったあたしにとって初めてといっていいかもしれないもの。その弊害が及んだのは、味付けだけじゃない。
(……雑すぎでしょ……切り方……)
大きさの違う食材の数々。ジャガイモに至ってはかき混ぜすぎて崩れてしまったのか、角砂糖程度の大きさのものしか残っていなかった。
「んーまい! 美味しいわよリタっち!!」
それでもおっさんは気にした様子もなく、また跳ねあがったテンションでシチューを平らげて行く。
「だから食事中は静かにしろと言っているだろうが愚弟。まあ、美味いことには同意するがな」
シュヴァーンも次から次へとシチューを掬い、口に運んでいく。そしてあたしと目が合うと、また微笑みかけて来た。
「とにかく、今日はありがとう、リタ」
「……ちょっと気が向いただけよ……」
まったく白々しい、と思いながらもつい赤い顔を背けてしまうあたし。そんなあたしの隣では、相変わらずテンションの高いおっさんが楽しそうにシチューを食べている。
「いやー、リタっちの手料理食べられるなんておっさん達幸せモンだわー。また作ってもらおうかしら?」
その言葉に、スプーンを口に運ぼうとしていたあたしの動きがぎくりと止まる。
そう言ってもらえるのは嬉しくない訳じゃない。自分が作った料理(肝心な部分は手伝ってもらったけど)を他人に食べてもらうのは……まあ、自分で食べることも滅多になかったけど、とにかく初めてで、喜んでもらえたのも嬉しかった。
ただ、残念ながら今のあたしには、本当に1人で作ったものを2人に食べてもらう程の腕も勇気もない。
「あたしは……」
だから、1人じゃなくて――
「あたしは、あんた達と一緒に……ご飯、作りたい……」
あたしがぼそりと呟いた途端、今度はおっさんとシュヴァーンの動きが止まった。あたしの発言にかなり驚いているようだ。
(いちいち固まらないでよ……恥ずかしいじゃない……)
そりゃあ、今までのあたしならあり得ない発言なんだから多少驚かれるのは無理はない。でもやっぱり、言えるようになったところで恥ずかしいモンは恥ずかしいのよ。
「……いい案だな」
あたしの心情を察したかのように、すぐにシュヴァーンがフッと笑って何事もなかったかのように食事を再開する。おっさんも大きくうなずいてから、
「そりゃそうね、1人でつくるより2人で作る方が楽しいしさ」
いつもみたいにヘラリと笑い、あたしの頭に手を乗せた。
「じゃあ今度気が向いたときに晩ご飯作るの手伝ってよリタっち。リタっちがいれば百人力だわー」
「……うん」
赤い顔のまま、それでもあたしはこっくりと頷いた。
ガラララ、と音を立てて、ベランダへと続くガラス戸を開ける。
途端に冷気があたしの肌を刺す。思わず吐いた息は白く染まり、すぐに夜の闇へと消えていく。
「ん、リタか……どうした?」
そんな中でぼんやりと食後の煙草をふかしていたシュヴァーンが、すぐにこちらを振り向いてきた。
あたしは手に持っていたカーディガンを上から羽織り、ベランダに出て戸を閉める。その様子にシュヴァーンは不思議そうな表情を浮かべながらも、とりあえずまだ長い煙草をエアコンの室外機の上に乗せた灰皿に擦りつけた。
「……別に、吸ってて大丈夫なのに」
「女の子に煙を吸わせるのは俺のプライドが許さん」
「何よそれ、バカっぽい」
「ハハ、まあつまりは気にするなということだ。
それで、どうしたんだ? わざわざ出てくるなんて……」
ベランダの手すりにもたれかかって、彼はあたしにもう一度問いかけてきた。
あたしは歩みを進め、手すりに腕を乗せて彼の隣に立つ。
「今日は……助かったわ」
「何だ、そのことか……。こちらこそ嬉しかったぞ、リタが晩飯を作っていてくれて。レイヴンもあんなに喜んでいたしな」
苦笑交じりに彼は、仕事の関係で調べ物があるとかで今自分の部屋に引っ込んでいるおっさんを話題にした。そしておっさんと同じ手つきで、くしゃりとあたしの頭を撫でる。
「ありがとう」
そう言って笑いかけてくれる顔も、おっさんとそっくりだ。優しくて、あったかくて――
「……やっぱり、あんたは損な役回りなんかじゃないわ」
「は?」
唐突にあたしが放った言葉の意味を、当然のことながらシュヴァーンは理解できなかったらしい。素っ頓狂な声をあげ、首を傾げている。
「おっさんが言ってたの。おっさんはあたしを甘やかす役で、シュヴァーンはあたしを怒ったりする損な役だって……」
「あの愚弟め、そんなことを言ったのか」
苦い顔をして、深いため息をつくシュヴァーン。片手で顔を隠すその様子は、何となく照れているようにも見える。
「でも、あたしはあの時あんたに怒ってもらえてよかったって思ってるし、あんたもやっぱりおっさんみたいに優しいし……だから、あんたは損な役回りじゃない」
まあ、からかい甲斐があるのはあんたの方かもしれないけど、というふとした感想も喉まで出かかったけど、止めておく。
あたしは、そのままシュヴァーンを見つめる。彼は顔を押えたまま、何か考え込むように黙り込んだ。
「……そうだな」
やがて、彼の口角が上がる。ただその笑みは、どこか皮肉気味で――
「普段は、あいつの方が損な役回りだからな……」
穏やかな声なのに、影があるような気がした。
「え……?」
「さあ、こんな寒いところにいたらまた風邪をひくぞ。中に戻ろうか」
思わずあたしが聞き返そうとするより早く、シュヴァーンは気を取り直したように声を張り、あたしの背中を押す。
あたしはその様子に少なからずの疑問を感じながらも、シュヴァーンの腕の力と温かい部屋からの誘惑にあっさりと従うことにした。
タイトルは某CMから。
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