なんか最近の更新が、「まいたけのがメインじゃねーの?」ぐらいのまいたけ率ですみません(笑)。
あ、あとご連絡です。
アレパティに限りPixivで
サイト更新と同時に投稿することになると思うので、そちらの方もよろしくお願い致します^^
世界に復讐されるその日まで
「この辺りで男の子を見んかったかの? 茶髪で、緑っぽい服を着て、これくらいの身長らしいのじゃが」
帝都の下町を歩き回りながら、パティが道行く人間に手ぶりを交えてそう尋ねている。凛々の明星が引き受けた、迷子探しの依頼の手伝いだ。
帝都の外周に位置している下町は広く、ギルドの仕事といえど流石に3人と1匹で子供1人を探すのには無理がある。その為、彼らと行動を共にしているパティ達も手分けして探すことになった。4手に分かれて東西南北のブロックを捜索しており、彼女の後ろには凛々の明星からユーリと、アスピオローブに身を包んだアレクセイが着いている。
「……大将、生きて帰ってきてね」と、明らかに人選ミスだろうと言わんばかりの苦笑いを浮かべながら声をかけてきたレイヴン達と分かれて早2時間。未だ有力な手掛かりは見つからず、また他の仲間からの連絡もない。
「やっぱり、市民街とかにでも上がっちまったんじゃねーのか?」
今回もまた芳しい答えが返ってこなかったのか、残念そうに首を振りながらパティが戻って来たのを見計らってユーリが言う。行方不明になったのは今3人のいる東ブロックと丁度反対側になる西ブロックらしく、ここまで探しても見つからないとなればそう考えるのも妥当だろう。
「うむぅ~、母親の傍から勝手に離れた上、言いつけを破って下町からも出るなど、困った坊主なのじゃ」
「まあそう言ってやんな。ガキってのは自分の好奇心の赴くままに動く生きモンだ、駄目だって言われてることならなおさらやってみたくなるもんなんだよ」
腕を組んで唸っているパティに、普段は大人びているのに未だどこか少年の心を持っているユーリがそう応じる。パティも身に覚えがあるのか、それともユーリの言ったことだからか「それもそうじゃの」とケロリとした顔ですぐさま納得したようだった。
「……では、市民街に上がるのかね?」
2人のやり取りを見守っていたアレクセイは尋ねる。市民街といえば帝都の中で騎士の巡回が最も多い場所だ、本当はあまり立ち入りたくはないのだが。
「あんだよ、別に来たくねーなら来なくてもいいぜ? そもそもてめぇと一緒に行動してること自体俺としては不本意なんだからな」
ユーリらしい刺々しい返答が返ってきてつくづく嫌われたものだと思うが、意外にもそんな彼をパティがたしなめる。
「ユ、ユーリ……別にそこまで言わんでも……」
珍しいこともあるものだ、ユーリを相手に彼女が自分をかばうなど。驚きに少しだけ目を見開いてそちらを見ると、ばつが悪そうに目を伏せられてしまったが。
「そうだな、悪いがそうしてもらえると助かる。私と一緒では君たちも動きづらいだろう……私は、もう少しこの辺りを探しておくことにするよ」
だが、自分が同行することによって2人が思い通りに動けなくなるのはアレクセイにとっても本意ではない。
「そうかよ。じゃあパティ、行くぞ」
そんなアレクセイの答えがまた気に入らなかったのか、むきになった子供のようにそう吐き捨てユーリが身を翻す。大雑把に見えて実は慎重なはずのこの青年は、自分のことになると相変わらず大人気がなくなるらしい。
黒髪をなびかせながら市民街へと続く坂道をずんずんと登っていくユーリ。しかしパティはその背中を目で追うだけで、アレクセイの前に立ち尽くしたままだ。
「どうした、フルール」
問うてみるとパティはこちらを向き、不機嫌のような困惑のような色を表情に浮かべていた。
「1人で、大丈夫なのか?」
恐らく幾重の意味を含んだ彼女からの問いに、アレクセイは苦笑して返す。
「……信用してくれとは言わない。貴殿が来いと言うのならば、ローウェル君に頼んで同行させてもらう」
そうなれば、ユーリにああいった手前更に気まずくなることが予想されるが、優先されるべきは自分の意志ではない。
「………………」
考えているのか、パティはアレクセイを見据えたまま黙り込む。幼い顔に刻まれた確かな苦悩の表情にまた申し訳ないと思いつつも、アレクセイはそれ以上返す言葉を持っていなかった。
「おーい、何やってんだパティ」
そうしている間に、先に進んでいたユーリが振り返ってパティを呼んだ。彼女は一度肩を跳ねさせると弾かれたように身を翻し、坂の途中で立ち止っているユーリの元へと駆けて行く。
「勝手な真似はするでないぞ!」
「ああ、善処しよう」
振り向いた彼女が残していった言葉に、アレクセイは頷いてそう答えた。
下町を歩いたことはほとんどない。ディノイア家に生まれ、貴族街で育ち、騎士団に入団してからも民の為と言って上を目指すばかりで、いつの間にかその肝心な民すら概念でしかなくなっていた。結局自分は、掴めもしない天上の雲を眺めているばかりで何も見えてはいなかった。
ところどころ舗装が剥げてしまっている路地を通ればそこら中に民の暮らしがあるというのに、よりにも寄って自分はその暮らしの場すら破壊するところだったのだ。
(いつ背後から襲われてもおかしくはないな)
一応顔を隠しているとはいえ、注意は怠らないようにしておいた方がいいだろう。
子供の入り込みそうな場所に目を走らせながら、周囲の人間の気配にも気を配る。幸か不幸か人通りは多く、迷子の捜索をするには少々手間だが自分の闇討ちにもあまり向かない状況――の、筈なのだが。
「……っ」
すれ違いざまに1人の男が振り下ろしてきた剣を、身をよじってかわす。あまり大きな動きもできなかったため刃が腕を掠め鋭い痛みが走るが、数センチ程度の切り傷に留まる。
自分の立場は理解しているとはいえ、往来で剣を振り回す奴がいるか、と碌に襲撃者も見ないまま苛立ち紛れにその手を蹴り上げる。すると、爪先が男の手を捕えた感覚と、やや間を置いて弾き飛ばされた剣が傍を流れる川に落ちる音。
それから体勢を整えてアレクセイが完全に襲撃者を向いた時にはもう、暗殺の失敗を悟ったのか彼はその場から走り去ろうとしていた。何事かと動きを止めている下町の住人達を押しのけ、市民街の方へと向かっていく。
「わぁっ!?」
その時、彼が押しのけた者に更に押し出されるような形で、少年が1人川へと放り出されてしまった。水飛沫があがり、数秒してから浮き上がってきた少年はしかし足がつかないのか手足をばたつかせながら必死に水面から首を伸ばしている。
(あれは……!)
茶髪にモスグリーンの服、奇しくも探していた少年と特徴が一致する。だがそんな判断を脳が下す前に、アレクセイはローブを脱ぎ捨て自らも川に飛び込んだ。用水路といえども長身のアレクセイでも足がつかない程の深さで、流れも意外と早い。
「うぇっ……た、たすっけ、て……!」
「大丈夫だ、掴まれ!」
少年の元に辿りついたアレクセイはその身体を引き寄せ、腕で支えてやる。そして彼の顔が水につからない体勢を保ったまま、岸へと泳ぎ始める。
「大丈夫か坊主! 手を出せ!!」
岸ではその様子を見守っていた下町の者達が待ち構えていて、2人が岸辺まで戻ってくると何人かが助けの手をよこしてくれた。
「頼む」
少年を彼らに託し、引き上げられるのを見届けてから自分も岸に上がる。少年は少し水を飲んでしまったのかせき込んでいるが、怪我をした様子もなく大事には至っていないようだ。
脱ぎ捨てたローブを拾い上げ、少年にかける。あれだけ目立つ状況で顔を晒してしまっては、もう顔を隠す意味もない――現に、周囲の者達は明らかに困惑した顔で、話しかけてくるのを躊躇っている様子だ。中には、憎しみを以てこちらを睨みつけてきている者もいる。
ぽたり、ぽたり……濡れた髪の毛先で滴が膨らみ、石畳へと落ちて行く。とにかく早くこの少年を母親の元に送り届けなければならないが、この状態では悪目立ちしすぎだ。事情を話せば、この場の誰かが母親を呼びに行ってくれるだろうか……しかしいざ話しかけてみようとすると、皆目を伏せてその場を立ち去ってしまう。少年を介抱していた何人かも、彼が落ち着いたのを見計らってアレクセイから距離を置いてしまっていた。
「アレクセイ!」
だから、こちらにやってくるパティとユーリの姿を見た時、本当に安心したのを覚えている。
手に取ってみたタオルは、すっかり温くなってしまっていた。それを、小卓の上に置いていた洗面器の水でまた濡らしてから、アレクセイの額の上に戻してやる。もう何度か繰り返している行為ではあるが、彼の呼吸は荒いままなかなか鎮まる様子はない。
日中、例の迷子について市民街で「ついさっき下町の方に降りて行った」という目撃証言を聞き下町に戻ると何やら騒ぎが起きていて、その中心に居たのがアレクセイと件の少年だった。ずぶ濡れのアレクセイは一足先に宿に帰し、少年を母親の元に送り届け、他の仲間と合流し報酬をもらってから返ってきてみると今度はアレクセイが倒れていた。
何でも、川に飛び込んだ時に傷から入ってしまった細菌のせいらしい。エステルが治癒術をかけてくれているのでこれ以上悪化することはないと思うが、いつ回復するかは本人の体力次第だ。
しかし食事も睡眠もきちんと摂れていない今、その体力が落ちていることをパティは察していた。そもそもこの高熱も、抵抗力が弱っているためだろう。
「……うぁ、あ……っ!」
熱のせいだろうか、以前魘されていた時より苦しそうな呻き声がその口から漏れている。
「……調子はどうだ?」
その時、部屋の入口が開き入ってきたのはユーリ。不機嫌そうな顔ではあるが、アレクセイと一緒に行動していながら自分の感情のまま別行動を取ってしまったことに、それなりに責任を感じているのかもしれない。
「見てのとおり、まだまだ苦しそうじゃ。熱も下がる様子がない」
「そうか」
パティの横に立ったユーリは短く息を吐くと、そのままアレクセイを見つめる。おそらくここまで弱った彼を目の当たりにするのは初めてなのだろう、その横顔には少しばかりの後悔と、心配のような感情が含まれているように見える。
「パティ、ずっと付きっきりだろ。俺が代わっとくから、お前はそろそろ休んだ方がいいんじゃねぇか?」
だがその心配は自分にも向けてくれているようで、しばらくしてからその双眸がこちらを捕えた。
「……いや、うちにやらせてくれ」
その申し出に首を横に振り、パティは続ける。
「約束……したのじゃ、こいつと。パティとしてこいつを見て……その上で、どうケジメをつけるか決めるとな。
だから、こいつのことはうちに見させてくれ。大丈夫、こいつと違ってうちは無理はせん」
アレクセイへの皮肉も交えながら笑って見せると、ユーリはまだ何か言いたそうにじっとこちらを見つめていたが、結局「じゃあ頼む」と頭を撫でてから身を翻す。
多分、彼はパティの言葉に驚いているだろう。最初に、彼女がアレクセイの看病を買って出た時にも仲間のほぼ全員が目を丸くしたくらいである。レイヴンだけは素直に任せてくれたのだが、普段何かとアレクセイの世話を焼いているだけに、彼も何かと理由をつけてこの部屋を何度か訪れてきていた。
「……どうしてしまったのじゃろうな、うちは……」
ユーリ達の困惑ももっともである。なにしろ、彼らの目の前でアレクセイの毒殺を図ったこともあるのだ。そんな自分がずっと彼の看病をするなど、正直パティ自身も驚いていた。
「……すま、ない……」
その時、アレクセイから言葉が発せられ、もしや起こしてしまったかと慌ててそちらに目を向ける。
しかし額から目を覆っているタオルはそのまま動かされることなく、荒い息も、くしゃりと握りしめられたシーツもそのままだった。
「すまない……すまない、すまない、すまない、すまないすまない――」
うわ言によって繰り返される、謝罪の言葉。果たして、悪夢の中でこの男を責めているのは弄ばれた被害者たちか、彼自身か。
パティは、一度上がった市民街から下町に駆け付けた時のことを思い出していた。身を呈して少年を救ったにもかかわらず、遠巻きにアレクセイを眺めているだけの人々。しかし不審、怒り、その他さまざまな負の感情が、はっきりと彼を取り囲んでいた。
後に聞いた話ではあの時アレクセイは暗殺者に襲撃されていたとも言うし、彼を取り巻く環境はどうしてこうも改善されないのだろうか。これ以上彼を追い詰めて、一体何が変わるというのか。
「……おまえ本人もじゃぞ、アレクセイ……」
きっと、タオルはまた温くなってしまっているだろう。しかしその隙間から透明な筋が伝い落ちているところなど、彼は見られたくない筈だ。折衷案としてパティは自分の手を濡らし、冷えた両手で彼の顔を包み込んだ。
「謝ってばかりでなく、たまには『許してくれ』ぐらい言ってみせい」
刺すような冷たさだった指先が、あっという間に温められていく。まさに焼け石に水という言葉が当てはまりそうな状態だが、このまま何もせずアレクセイを眺めていることなど出来そうになかった。
おまえには何も救えない。
おまえはただ奪うだけ。
奪ったものは償わなければならぬ。
だから償え。
命に。
世界に。
全てに。
償え。
――償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え――
「っ!!」
弾かれるように飛び起きたアレクセイをまず襲ったのは、激しい眩暈、そして頭痛。落ち着くまでしばらく額を押さえながら、現状を理解すべく記憶を辿る。
(少年をローウェル君達に託してから宿に戻って来て、身体を拭いて着替えて……そこで意識が遠のいてしまって――)
川に飛び込んだのが原因だろうか。いい年して風邪とは情けない。
手を離すと、照度を押さえられた照明魔導器が頼りの薄暗い視界の中、自分の身体にかけられている布団の上にタオルが落ちているのが見えた。手に取ってみるとそれは少し湿っていて、おそらく自分の額にでも乗せられていたものだろう。
そこから視線を上げると、今度は自分のベッドに上半身だけ預けて眠っているパティの姿が見え、思わず驚愕する。慌てて時計を確認すると、時間は午前3時。まさか、彼女がずっと付き添っていてくれたのだろうか。
パティは昼の服装のまま、ぐっすりと眠っているようだった。このままでは彼女も風邪をひいてしまうかもしれないが、起こすのも気が引ける。しばし迷った後、アレクセイは静かにベッドから抜け出し、備え付けのクローゼットから毛布を取り出して彼女の肩にかけてやった。本当は部屋まで運んでやりたい所であるが、その短い行程ですら足元がおぼつかなかった今の体調ではパティを抱き上げることもできそうにない。
「……すまないな……」
小さく謝ってから、アレクセイはベッドに腰を下ろした。まだ高熱のせいで身体は横になることを求めているが、脳の方がそれを素直に受け入れようとはしなかった。
まただ。また自分のせいで、皆に要らぬ苦労をかけてしまった。あの迷子の少年も、自分がいなければ川に落ちることなどなかっただろうに。パティ達に迷惑をかけないように配慮したつもりが、結局事を厄介にさせてしまった。
(どうしてこうも、裏目に出てしまうのだろうな……)
自分の浅はかさに自嘲する。この旅に加わる前も後も、皆の足を引っ張ってばかりだ。
――或いは、あの襲撃の時素直に殺されてしまっていれば、こんなことにならずに済んだのだろうか。
少し前の自分ならば、あの剣をかわしはしなかっただろう。だが今は、守らなければならないパティとの約束があった。だから自分の身を守った……それが、この体たらくだ。
……おそらく自分はそう遠くない未来で、自分を恨んでいる者に殺されるだろう。パティのように生きて償えと言う人間がいる一方で、死を以て自分に償いを求めている人間が多いことも、アレクセイは重々承知していた。今は星喰みを倒すという目的に加え、行動を共にしているパティとの約束を優先させてはいるが、そこに孕んでいる大きな矛盾はいつでも究極の2択をアレクセイに迫っている。自分が償うべき相手は、パティだけではないのだから。
だから少しでも早く、パティとの因縁にはケリをつけなければならない。早く彼女が自分のことなど忘れてしまい、何の憚りもなく心から笑えるように……。なのに、その方法は未だ見つからないままだ。
「……はぁ」
溜息をついたところで、喉の渇きに気がついた。
(水でも飲んでこよう……)
確か洗面所は部屋を出て右だったか。先程の足取りでは不安だが、パティを起こして注いできてもらう訳にもいかない。
その場でゆっくりと立ち上がり、立ちくらみが収まってから足音を潜め、部屋を出る。
壁に手をつきながら廊下を進み、辿りついた洗面所に備え付けられていたコップに水を注ぎ口に流し込むと、少しだけ気分が爽快になった気がした。ついでに、手に持ったままだったタオルも1度濡らして額に押し付ける。ひんやりとした感覚が心地いい。
ひとまず欲求は満たされたことであるし、大人しく部屋に戻って横になろう。早く回復しなければ、また迷惑をかけてしまう。
来た道を戻り、部屋の前に立ってドアノブに手をかける――だがアレクセイがそれを押すより早く、内側から勢いよく扉が開いた。
「っ、アレクセイ……!」
中から飛び出してこようとしていたパティが即座に足を止め、こちらを見上げてくる。
「どうした? フルール」
やけに必死な顔をしているのでそう尋ねてみると、彼女は叱責するように問い返してくる。
「どこに行っておった!?」
「いや、洗面所に水を飲みに行っていただけだが……」
大声を注意するのも気が引けて、アレクセイは素直に彼女の問いに答えた。
「そうならうちに声ぐらいかけて行け! 勝手にどこかに行ってしまったのかと……!!」
「す、すまない……迷惑をかけた」
「っ」
自然に口を衝いて出た謝罪の言葉に、何故かパティが息をのむ。
「フルール?」
「……もういい、謝るな。うちも少し驚いていただけじゃ……」
途端に言葉から勢いを無くしたパティは俯いてしまって、そのまま話題を変える。
「それはそうと、身体の方はどうじゃ? まだ熱はあるのではないか?」
「あ、ああ……まあ、歩けるようになった程度だ……また大人しく寝ておくことにするよ。
……すまないな、また足を引っ張ってしまって」
「だから謝るなといっておろうが。
とにかく、寝るならさっさと寝ろ。早く回復してもらわんと……エステルやおっさんが心配する」
そう言って、俯いたまま道を空けるパティ。「そうだな」と返しながらアレクセイはその横を通り、ふと足を止めた。そう言えば一番肝心なことを危うく言い忘れるところだった。
「フルール」
「何じゃ」
「ありがとう」
短くそう告げると、パティが弾かれるように顔を上げる。
「遅くまで私の看病をしてくれていたのだろう? だがもう部屋に戻った方が良い、貴殿にまで風邪を引かせる訳にはいかないからな」
にこりと微笑んで思いのまま言葉を紡ぐ。謝ったらまた怒られてしまいそうなので、ただ、感謝の言葉を。
しかしそれを聞いたパティはぐっと唇をかみしめて黙り込んでしまった。下がった眉尻の下にある目には、見る見る涙が溜まっていく。
「? フルー――」
また何かまずいことを言ってしまったのだろうか。だがかけようとした声は、突然鳩尾に飛び込んできた彼女自身によって遮られてしまう。
「……おまえは……またそうやって……っ!!」
くぐもったパティの声は震えていた。アレクセイの服を握りしめた拳も、反射的に手を置いた肩も、同じように震えている。
「……フルー、ル……?」
「っ、訳が分からんのなら黙っておれ……!」
「………………」
理解の追い付かない状況にまた彼女の名前を呼んでみるものの、前もって釘を刺されてしまいその言葉のとおり沈黙する。
声もあげず、ただ泣きじゃくり始めるパティ。アレクセイはしばし迷った後、その肩に置いたままだった手を背中に回し、ゆっくりとさすってやることにした。以前、彼女がそうしてくれたように。
涙の理由は、まだ分からない。それでも、また自分が悲しませてしまったことだけは理解できる。だから彼女に拒絶されない限りの方法で、せめてこの瞬間だけでもその悲痛を紛らわせてやりたかった。
そう言えば、前にもこんなことがあった。こんな風に、彼女が目の前で泣いてしまって何もしてやれないことが……。ただしあの時は、パティはすぐに立ち去ってしまったのだが。
(やはり私は、貴殿を苦しめてばかりだ……)
笑ってもらうどころかまた泣かせてしまった現状に、自然と嘆息が零れた。
――いつか、世界に復讐されるその日を、笑って迎えて欲しいのに。
私は彼女を泣かせるばかり。
それにしてもアレパティ設定の閣下寝過ぎである。
あと帝都って多分こんな地形じゃないよね☆
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