現パロ続きです。
一応冬のお話なんで、冬の間に終わらせたいんですが今のペースじゃあ絶対無理です\(^p^)/
Heartful Life ♯5:好感度不安定
「……は?」
中学生レベルのその言葉の意味を理解するために、あたしが要した時間は約2秒。
「なっ、何バカなこと言ってんのよ!?」
そして理解した途端、驚愕と動揺であたしの声が裏返る。
「あたしは赤の他人よ? あんたどうかしてるんじゃないの?」
そう、あたしは何の縁もゆかりもないただの他人。それを一晩泊めるだけでも信じられないっていうのに、よりにもよって保護? ひょっとして監禁の間違いじゃないの?
しかし、血相を変えて声を張り上げるあたしを見てシュヴァーンはフッと息をもらし……初めて、笑った。
「まあ提案したのはあの愚弟なのだが、確かにどうかしているのかもしれんな。
……真冬の公園で一夜を明かそうとした年頃の娘の次ぐらいに」
「っ!」
軽く皮肉を返され、あたしの頭に血が上る。
こいつ……ムカつく……!!
「ふざけ――!!」
「嫌なら家に帰ると言えばいい」
遂に怒鳴ろうとしたあたしの言葉はしかし、シュヴァーンのはっきりとした口調に遮られた。
「君に見返りを求めるつもりはない。食事も、必要なものも出来る限り用意する。
……それでも嫌なら、家に帰ると言えばいい。君が路頭に迷わない証明ができるのなら、無理矢理ここに留める必要はないからな」
信じられないような条件を述べた後に再度彼が口にしたその言葉は、おそらくあたしに逃げ道を提示しているのだろう。
――嘘でも家に帰ると言い張れば、あたしを解放する――
そうだ、こんなの家に帰るって言っちゃえばそれでいいんじゃない。
家に帰るって言って、また適当に電車に乗ってどっか遠いところに行ってしまえば、もうこの兄弟に会うこともないだろうし、お節介を焼かれることもない。
……なのに……――
「どうして……?」
「ん?」
「どうして、そこまでしようと思ったの? どこの馬の骨かも分からない、赤の他人の小娘よ?」
あたしは、彼らの行動の理由の方が気になってしょうがなかった。見返りも求めずに、あたしを養うつもりなの? もちろん、その言葉を完全に信用していた訳じゃない。腹の底ではとんでもないことを考えているかもしれない。
……ただ、ある程度の現実味を持たせる程度には、――さっきみたいな皮肉を言われたりもしたけれど――彼らの対応はあたしにとって本当に……本当に、暖かいものだった。
あたしの問いにシュヴァーンは考え込むように顎をつまみ、「ふーむ」と声を漏らす。
「そうだな……まあ、放っておけない……その一言に尽きるかな」
「はぁ?」
「少ない小遣いで、真冬の公園で薄着のまま野宿を敢行しようとするまで追い詰められた少女を……少しでも助けたいと思っただけだ。お節介と言われてしまえばそれまでだが……。
ま、俺は弟にまんまと乗せられただけだが」
また少し皮肉めいたその言葉は綺麗事にしては地味で、本音にしては洒落ていたけど、完璧な綺麗事を並びたてられるよりはずっと本心に近いような気がした。
「とはいえ、君の言うとおり俺達が提示したのは世間一般から見れば異常なものだ。
君が家に帰るとさえ言えば、俺達もこんなお節介はしなくて済むんだがな」
なのに、本当にあたしを保護する気があるのか、あたしに家に帰ってほしいのか、単に出て行ってほしいのか結局よく分からないことになる。
「あたしは……家に――」
違う、本当によく分からないのはあたし自身の気持ち……。帰るって言うだけなのに、その言葉が喉につっかえたまま出てこない。
家に帰る――言ったところで、実行するつもりは毛頭ない。ただ、一回でもその言葉を口にすると考えただけで胸が苦しくなってくる。こういう性格だから嘘をつくことは滅多になくて、嘘をつくことへの罪悪感とはこんなものだろうかとも考えるけど、罪悪感なんてものはもっとあたしには身に覚えがない。
「……嫌……」
得体の知れない苦しみに、あたしの身体が震えた。無意識の内に右手で左腕をきつく掴んで、やり場のないエネルギーを少しでも発散させ始める。
「嫌……帰りたくなんか……ない……」
漏れたのは、本音。
左腕には、爪が食い込みそうなくらいだった。それほど強く、あたしは家を――というより、これまでの生活を拒絶していた。
「…………っ!!」
それ以上は何も言えずに、ただ唇を噛んで俯いた。
「……そうか」
椅子を引く音がして、足音がこちらに近づいてくる。
床しか映っていなかった視界の中に、シュヴァーンの足が入って来て、止まった。
「安心した」
「……え?」
そして頭上から降って来た声に、あたしは思わず顔を上げる。
シュヴァーンは、笑っていた。さっきみたいな嫌味なものじゃなくて、もっと柔らかい、優しい笑みを浮かべていた。
「家に帰ると言い張られては引き留めることが出来んからな、体裁上。
みすみす女の子を路頭に迷わせるようなことにならなくて良かった」
その言い方から察するに、何だかんだ言ってこいつ自身もあたしをこの家に置く気満々だったようだ……いや、でも――
「ま、待ってよ! あたしはまだこの家の世話になるなんて言ってないわよ!?」
そう、そもそもあたしはまだ、彼が提示した無茶苦茶な交換条件をのんだ訳じゃない。
「諦めの悪いお嬢さんだな」
「そう簡単に承諾できる方がどうかしてるわよ!」
「ふむ、では仕方ない。君が出て行った暁には警察にでも電話するかな、自暴自棄で何をしでかすか分からない家出娘がいるから保護してほしい、と」
そう言って、わざわざポケットから携帯を取り出して開くシュヴァーン。
こいつ……どんだけ性格悪いのよ!?
ただ、この状況で主導権が向こうにあるのはもう確実だ。八方ふさがりのあたしは、恨めしげな顔で睨み上げることしかできない。そんなあたしに、彼は「どうする?」と言わんばかりに視線を送ってくる。
……あー、もう!!
「分かったわよ、いればいいんでしょいれば!
でも言っとくけど、あんた達を信用した訳じゃないんだからね!!」
やけくそ丸出しでそうまくしたてると、誘導しておきながらシュヴァーンは苦笑。
「ふ……ではまあ、どれくらいの付き合いになるかは分からんがよろしくな、リタ」
彼が差し出して来た手を、あたしは一瞥しただけで握りはしなかった。
黙って踵を返し、ダイニングテーブルに戻る。飲みかけだったコーヒーはすっかり冷めきっていたけど、このむしゃくしゃした気持ちを少しでも何とかしたくて全部流しこんだ。
「歯、磨いてくる」
その後すぐに、もう一度洗面所に向かう。
後ろでシュヴァーンがわざとらしくため息をついているのが聞こえたけど、完全無視。
再び鏡に映ったあたしは、当然怒りの形相――かと思いきや、意外にも少し不機嫌そうなだけだった。
「何よ……善人ぶって……」
(兄弟揃って、馬鹿じゃないの……あたしは別に、もう自分がどうなろうとどうでもいいのよ、ほっといてよ……)
口と胸中で呟いてみるけれど、この主張が矛盾であることにいい加減勘付き始める。
今までも、自分が他人にどうかされていた状況、そしてほっとかれた状況だった。
……あたしはそれから逃げ出したんだ。それなのに、またその状況を求めようとしている。
ただ、今まではそんなあたしに善人ぶってくれるような人もいなかった――
「……バカっぽい」
首を振って、最後にふと浮かんだ思考を振り払う。
それからあたしは、どうせ朝食が済んだら出て行くんだからと思ってポケットに突っ込んでおいたあの歯磨きセットを引っ張り出し、袋を開けた。
「たっだいまぁ~☆」
夕方、やけに高いテンションでおっさんが帰ってきた。
ぼんやりと見ていたニュース番組から視線を移すと、おっさんは何やら大きな紙袋を肩から提げていて、あたしを見るや否やその顔を輝かせる。
「あ~良かった! ちゃんといてくれたリタっち!!」
コートも脱がずにあたしの傍まで寄って来て、「よっこいせ」なんてオヤジ臭いことを言いながらその紙袋を肩からおろし、あたしに差し出してくる。
「はい、これ」
「はいってあんた……え、てゆーか何よ、リタっちって……」
「呼び方よ呼び方、可愛いでしょ? それよりほら、これ受け取ってちょうだい」
紙袋と顔を見比べながら尋ねたあたしにそう答えて、おっさんはずいっとより一層紙袋を差し出す。
受け取って、おっさんにせかされるまま口を開いて中を覗きこむと、その中には――
「服……?」
そう、その中には何着もの衣服が入っていた。それも、女の子が着るようなものばかり……。
「流石に今着てるのだけじゃ無理があるからねー、とりあえず適当に買ってきたわ。サイズはぴったりか大きめの買ってきたつもりだから大丈夫だと思うけど、もし他に欲しいもんとかあったら言ってね」
「あ……う、うん」
呆気にとられたあたしは、ニコニコと楽しそうに笑っているおっさんに頷くことしかできなかった。
「随分とご機嫌だな、レイヴン」
その時、キッチンで夕食の準備をしていたシュヴァーンが振り返って唸るようにそう言ってきた。
「あ、兄貴いたんだー。なになに? リタっちだけにプレゼントがあってまさかのジェラシー?」
「よし、1名晩飯抜きだな……残った分は月曜の弁当にでも回すか。もちろんレイヴンの」
「やーねー、じょーだんだってば」
「お前の冗談は鼻につく」
「相変わらず実の弟にきっついわねー……。
リタっち、シュヴァーンに何か言われてない? 大丈夫?」
一連の会話を挟んでから、またおっさんがあたしに話を振ってくる。
「……別に」
言われたと言えば言われたけど、今思えばあたしを傷つけるような発言はなかったように思う。だから、短くそう答えた。実のところ、あの後はほとんど話してないし……。
するとおっさんは何かを閃いたようで、意地悪そうに笑って顎を撫でる。
「はは~ん、兄貴のことだからまずまともに話できてないんでしょ……女の子相手になると、奥手通り過ぎてヘタレだからね、いい年し――」
スコーンッ
おっさんが言い終わらないうちに、シュヴァーンの投げたおたまが見事その後頭部に命中した。
結構あっさり同居が決まってしまいましたね^^
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