オリジナル設定が見え隠れし始めました、現パロ続きです。
妄想と執筆のスピードの間にギャップがありすぎて泣きそうです。
くそ……はやくまいたk(ry
Heartful Life ♯7:お掃除大作戦
昨日と同様リビングのソファで寝ていたあたしは、今日は断続的に聞こえてくる物音で目が覚めた。
身体を起こして時計を確認。時刻は昨日より早い9時少し前。
「ああ、ごめんごめん。起こしちゃった?」
声がした方向を見ると、廊下におっさんがいた。
その手には段ボールが抱えられていて、その周囲の床にも本やら何やらが積まれている。場所はここから見て右側の1番奥、おっさんの部屋でもシュヴァーンの部屋でもない3つ目の部屋の前だ。あたしを起こした物音も、その部屋の中から聞こえてきているようだった。
おっさんは段ボールを適当に置くと、こちらに進んできながら言う。
「ちょっと待っててねー、すぐ朝飯用意するわ」
キッチンに立ってコンロに火を掛け、冷蔵庫からリンゴを取り出す。
一方のあの部屋からはまだ物音がしている。多分シュヴァーンがいるんだろう。
「何……してんの?」
欠伸を噛み殺しながら尋ねてみると、おっさんは包丁でリンゴの皮をむきながらこちらを振り向く。
「ちょっと大掃除をね。
いつまでもリタっちをそこで寝かす訳にはいかんからね、せっかくだから物置になってた部屋を片付けてリタっちの部屋にしようってことになったのよ。
あ、物置っつっても今一時的にそうなってるだけで、本来はちゃんとした部屋だから安心して」
答えている間にもおっさんは器用にリンゴを回して、ぶら下がる皮をどんどん伸ばしていく。
「……あたしは別に物置でもいいけど」
そう言ったのは、別に遠慮でも嫌味でもない。だって、あたしの家はもはや家全体が物置になってるし、主に本で。
「まあまあそう言わずに、おっさん達としても掃除のいいきっかけだからさ。
ほれ、も少しかかるから着替えておいで」
あたしの言葉をどう取ったのか(多分本心を察してる訳ではないだろう)、おっさんは苦笑い。そして一度も途切れずに皮をむき終え、リンゴをまな板の上に置きながらあたしにそう促した。
あたしが今着ているのは、おっさんが昨日パジャマ用に買ってきたトレーナー。それを脱いで、洗面所の端に置いておいた紙袋をあさってみる。
おっさん曰く「とりあえず適当に買ってきた」衣類は上下合わせてざっと10着弱、その数にあたしは驚くを通り越して戸惑ってしまう。そもそも学校から帰っても寝るまでは制服で過ごし、休みの日も買い物以外で家から出ることの少なかったあたしは、お洒落に無頓着という性格もあって制服以外の服は季節ごとに1~2着ぐらいしかもっていない。……だって、洗濯するの面倒じゃない。
(どれ、着ようかな……)
だから、着る物に迷うことなんて滅多にない。おまけにおっさんが買ってきた服、全部種類が違うし……可愛いし……。
ちなみに、昨日まで来ていたのはピンクのシャツとグレーのカーディガン、そして黒のショートパンツ。今考えたらいかに寒々しい恰好であの公園にいたのかが分かる。よく風邪ひかなかったもんね。
「お、リタっち似合ってるじゃない」
着替えて戻ったあたしを見るなり、おっさんはどこか嬉しそうに言った。
散々迷った挙句、選んだのは一番手前にあった黄色いハイネックセーターと、赤と黒のチェックが入ったカジュアルシャツ。下は黒いスカートにした。
「思った通り、リタっちは赤が似合うわねー。うん、おっさんの見立て通りだわ」
無精髭の生えた顎を撫でながら満足げにうなずいてるおっさんが挙げた色は、実はあたしの好きな色。
「あ、そ。ま、まああたしは別に服なんてどうでもいいけど」
それでもあたしは相変わらず、素直にそれを認めるのが癪にも思えて無関心を装った返答をする。
それを聞いたおっさんは嘆息していじけるように口を尖らせる。
「つれないねぇ~、リタっち今すっごい可愛いのに……」
「……可愛いのは服でしょ」
「そんなことないって、リタっちが着てるから可愛いんだって」
「…………っ」
慣れない褒め言葉にあたしの体温が上昇する。
――可愛い? このあたしが?――
そんな筈ない……だってあたしは……。
「おっさんキモい」
「酷っ!!」
ほらやっぱり、こんな生意気な小娘が可愛い訳ないもの……。
お世辞なんて、通用しないんだから。
今日はみそ汁に焼き魚、ご飯と、昨日とは一転した和風の朝食(例のごとく美味しかったけど)。デザートなのか何なのかとりあえずさっきのリンゴもあって、あたしは他のメニューを全部食べ終わってからそれをかじっていた。
おっさんはご飯の準備をし終えると部屋の片付けに戻ってしまって、聞こえるのはあたしがリンゴをかじるシャクシャクという音と、2人が部屋を片付ける音、そして――
「おいレイヴン! 何でこんなところで俺のYシャツがぐっしゃぐしゃになって出て来るんだ!? しかもよく見たらこれお前に貸したものだぞ!!」
「そんな昔のこと覚えてねーわよ! 兄貴の方こそ、いつまで大学の時の教科書とってあるのよ!? 流石にもういらないでしょ!!」
何となく部屋の状況が窺える内容の、飛び交う中年達の声。昨日も思ってたけど賑やかというか騒がしいというか……2人揃ったらいつもこうなんだろうか。
(……どうでもいいけど)
正直、賑やかな場所はあまり好きじゃないけど、その中でも自分の世界に閉じこもることには慣れてる。
悪いけど、あたしはあんた達に合わせたりなんかしないからね。
そうよ、元々あたしは好きでここにいる訳じゃないんだし……。ここ2日間はあいつらのペースに流されて調子狂ってたけど、こうなったらもうこの家で好き勝手やってやるわよ。
そう考えると急に色々と吹っ切れて、最後のリンゴを口に詰め込んで席を立った。
あたしの好きなことと言えば読書と実験。後者はまあ無理だろうけど、前者ならすぐに打ち込めるだろう。どんな内容かは分からないものの、例の部屋から搬出された大量の本が廊下に積まれてるのが見えたし、さっき聞こえてきた会話からそれなりの専門書があると踏んだ。
面白そうなのがあれば適当に引っ張り出して読んでやろうと思い、廊下に向かう。
「………………」
でもあたしの目に真っ先に映ったのは、さっきより量を増やした本でも段ボールでもなく、透明なポリ袋に包まれた、白くて大きなクマのぬいぐるみ……。
(何、あれ……可愛い)
つい心を奪われて、あたしは一直線にぬいぐるみへと歩を進める。
しゃがんで見てみると、ポリ袋はかなり埃をかぶっていて相当昔にしまわれたものなんだってことが分かる。でも中のぬいぐるみはキレイなままで、その首には赤いリボンが結ばれていた。
「あれ? リタっちどしたの?」
すると、あたしに気付いたおっさんが部屋から出てきた。
「あ、えっと……」
この年になって「ぬいぐるみに見とれてて」、なんて恥ずかしくて言えなかったから慌ててぬいぐるみから目を逸らす。
でも明らかにぬいぐるみに接近していた身体まで誤魔化すことは出来ず、いとも簡単におっさんに見破られてしまった。
「ああ、そのクマさんね……。
……可愛いでしょ? 欲しい?」
その時おっさんが少しだけ困ったように沈黙したのに、動揺したあたしは気付かなかった。
「あ、あたしは別に……!」
素直に欲しいなんて言える訳もなくてぶんぶんと首を振っていると、おっさんは残念そうにつぶやく。
「いらないの? ……そっか、じゃあやっぱり捨てるしかないかなー」
「捨て……っ!?」
その言葉に、あたしの心がぐらぐらと揺らぐ。
もう一度ぬいぐるみに目を向けると、いかにも抱き心地の良さそうなもさもさした生地に付けられたプラスチック製の黒い目が、きらきら光りながらこちらを見つめて来ていた。
…………駄目だ。
「す……捨てるぐらいなら、しょうがないからあたしが貰ってやってもいいわよ……?」
ぬいぐるみを凝視しながらぼそぼそとそう答えると、おっさんはくすりと笑ってあたしの隣で腰をかがめる。
「そうそう、せっかくだから可愛がってやってよ。この家にはほかに女の子らしいモンもないし。
あ、袋汚れてるからおっさんが開けるわ。リタっちが取り出してあげて」
そう言っておっさんは縛ってあったポリ袋の口を開き、あたしに向けた。
言われたとおりぬいぐるみに手を伸ばす。思った以上にもさもさしたその頭を両手でつかみ、ゆっくりと取り出してやると、埃まみれのポリ袋を通して見るより更に白いクマが姿を現した。
「何をしている」
あたしがぬいぐるみを完全に抱きかかえたその時、シュヴァーンも様子を見に来た。
そしてあたしの腕の中にあるそれを見た瞬間、あからさまに複雑そうな表情をする。
「リタっちがこいつ貰ってくれるってー♪」
「……そうか、まあこの部屋で埃まみれになっているよりはマシだろうからな。大切にしてやってくれ」
でもクマの頭にぽふっと手を置いてそう言うと、あたしに苦笑にも似た柔らかい笑みを向けてきた。……何となくらしくないことを言ってるような気がするけど、あんまり気にしてたらまた調子を狂わされそうだから俯いてぼそりと答える。
「……保証はしないわよ」
シュヴァーンがフッと笑ったのが聞こえ、足音が遠ざかっていく。
その態度に心を見透かされているような気がして、あたしはまた気恥かしくなりクマを少し強く抱きしめた。……あ、もふもふしてて気持ちい――って違う!!
(あたしの目的はこの子じゃなくてっ……!!)
首をぶんぶんと振ってから、視線を床に戻す。
そう、本よ本! あたしが探しに来たのは本なのよ!!
本が積み重ねられているのは、このクマが置かれていたすぐ向こう側。埃が付いているものや色褪せているものもあるけど、分厚いその背表紙の文字はまだ読むことができた。
そこに書いてあったのは、思いの外難解な言葉――
(外科医療学……?)
本のタイトルに引き寄せられるように、あたしはまたその前で膝をつく。
他の本の表紙も見てみると『人体解剖学』とか『病理学』という文字が並んでいて、どれもかなり読み込まれているのか背表紙に折り目がついていたり付箋紙がのぞいていたりしていた。
まさか……医学系の本がこんなにたくさんあるってことは――
「ん? まだ何か気になるもんあった?」
その時、あたしの行動を不可解に思ったのかおっさんがまた声をかけてきた。
あたしはすぐに振りむいて、首をかしげているおっさんに尋ねる。
「あんた達……医者なの……?」
そこであたしが複数形で聞いたのは、大した意図がある訳じゃない。この中年共が今まで同じ道を歩んできたんだろうということを何となく感じていたから……ただそれだけ。
「あ、言ってなかったっけ?」
おっさんは一瞬キョトンとすると、こめかみのあたりを掻きながら苦笑する。
「おっさんは大学病院で一応医者やってて、シュヴァーンはそこの大学の医学部の教授なんよ」
「え……だ……大学病院って……」
予想は的中したものの、予想よりレベルの高かった2人の職業にあたしの声が上擦った。
続いておっさんが口にしたその名に、あたしは更なる衝撃を受ける。
「ザーフィアス大学ってとこ、知ってる?」
「………………!!」
知ってるも何も、ザーフィアス大学って言ったら世界的にも有名な超名門大学じゃない!! 特に医学部の大学病院なんて難病の治療か何かで海外から患者が来るくらい、そしてそのことを世間に疎いあたしが知ってるくらい凄いところ。そんなところの医者と教授って……ひょっとしてこいつら、とんでもないエリート!?
「……リタっち?」
絶句したまま口をぱくぱくさせているあたしの顔を、おっさんが不思議そうに覗きこんでくる。
はっと我に帰ったあたしは、慌てておっさんから目を背けて本の山に向き直った。
「……この本、読ませてもらうわよ」
クマを片腕で抱え、もう片方の腕で電話帳並みに分厚くて大きな本を1冊抱え込む。
「え、いいけど……それ、おっさん達の――てかそれ自体はシュヴァーンのだけど、大学の時の教科書よ? 読んでもあんま面白くないと思うけど……おっさんもあんま面白くなかったし」
そのまま立ち上がっておっさんの前を通り過ぎると、おっさんは少し驚いたように忠告してくる。あたし達の会話を聞いていたのか「現役の医者が何を言っている」と、部屋の奥からシュヴァーンのツッコミが聞こえてきた。
あたしはもうおっさんには目もくれずにクマと本をソファに置き、その隣に座って一番上の本の表紙を開きながら、ぶっきらぼうに答える。
「面白くないかどうかはあたしが決めるわ」
この時のあたしは、多分苛立っていたんだと思う。シュヴァーンはともかく、ただの馬鹿だと思っていたこのいい加減なおっさんが、あたしがどう足掻いたって到達できない場所にいるってことに……。
(あたしにだって……能力だけならあるんだから)
暇をつぶすための読書は、きっとあたしが初めて感じた嫉妬から始まり……そしていつの間にか、あたしの知識欲を満たすものとなっていた。
なんかものっそい分かりやすくフラグが立った。
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