どえむなおっさんのほわいとでー
「ねぇ、リタっちー――」
買い出しから帰り、2人で宿の廊下を歩いている途中でレイヴンがリタの顔を覗きこんできた。
「今日何の日か知ってる?」
「は?」
尋ねられたリタは訝しげな顔をしながら首をかしげ、その場で足を止める。
ピンと来ていない様子の少女に、レイヴンも立ち止まって大きくため息。
「あー……やっぱり覚えてなかったか。
ほら、ホワイトデーよ、ホワイトデー。世の中の野郎共が女の子達にバレンタインデーのお返しをする日」
苦笑を浮かべながら、彼はリタにそう告げる。
(ああ、そう言えば……)
そろそろそんな時期だったわね、と考えている時点で世間一般の女の子と自分とのズレがかなりあることを実感させられる。
――でも、今年のバレンタインは……
そんなリタも、男にチョコレートを渡した。生まれて初めての本命チョコ、相手が博愛主義(女性限定/自称)である上甘味嫌いというのもあって色々といざこざはあったものの、最終的には喜んで受け取ってくれた。
そうだ、それから……――
「………………っ!!」
あの直後のことを思い出して一人赤くなるリタ。
「ま、リタっちらしいわね。別におっさんは忘れられてて実害がある訳じゃないし。
でね、おっさんお返しがあるんだけどー」
だがその原因であるレイヴンは彼女の様子に気付かず、グダグダとしゃべり続け、そして――
「さぁリタっち! 胸に跳びこんでおいで―!!」
両腕を大きく開き、リタをその中に呼び寄せた。
「……はぁ!?」
しばらくポカンとしていたリタはやがて我に帰り、疑問形ながらも抗議の声を張り上げる。
「いやー、最近忙しくってちゃんとしたモノが用意できなくってさー……。とりあえず今日はこれで勘弁してよ」
デレデレと笑いながら、恥ずかしいことこの上ないことを迫ってくる中年に、リタの顔が更に赤くなり、ぎゅっと握りしめられた拳が震え出す。
(なーんちゃってぇ……)
そんなリタの様子を見ながら、レイヴンは待つ。……彼女からのツッコミという名の鉄拳制裁を。
だが――
がばっ
間違いなくマゾヒスト決定であるレイヴンの思考を完全に覆した行動を、少女は取ってきた。……そう、本当に彼の胸に飛び込んできたのだ。
(……んっ……!?)
今度は、彼の思考が止まる番だった。
夢かと思って頬をつねってみるが、痛い。まさか怒りのあまりグサッとやられたのかとも思ったが、リタの手は背中に回されていてそんな様子はない。
「……あ、あのリタっち……おっさんはぶん殴られるのを期待――じゃなくて、覚悟してたんだけど……」
恐る恐る尋ねてみると、羽織に顔を埋めていたリタが耳まで真っ赤にしてこちらを睨み上げてきた。
「だっ! だってこれしかないんでしょ!?
何にもないのも癪だから、貰ってやるわよ!!」
それだけ言って、また羽織に顔を埋めぎゅうっと腕に力を入れるリタ。
「ハ……ハハハ……」
その肩に手を回しながら、レイヴンは乾いた笑い声を上げる。
(いや、これはこれですっごく嬉しいけど……)
思いもよらぬ少女の行動に、この上ない愛しさがこみ上げてきたのは事実である。
可愛い、可愛すぎてなんかもういろいろと反則だ。抱きしめ返さずにいられるものか。
だが、その裏では至極複雑な心情が渦巻いているということに、まだ少女は気づいていない。
(……ま、いっか……)
懐に入れてある手作りクッキーが割れないことを祈りながら、レイヴンは少女の肩を思いっきり抱きしめた。
(後で絶対殺されるな、俺様……)
ウチのリタっちは最近ツンが足りないと思うんだ……。
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