現パロの続きです。
1つ下の記事からお読みください。
遂にヤツが登場!!
Heartful Life ♯2:そして連れ込まれる屋根の下
「はい、そこに座る」
半ば強引に連れてこられたのは、おっさんの自宅らしきマンションの一室。おっさんはあたしにダイニングテーブルを指で示しながらエアコンのスイッチを入れる。それからキッチンに立ち、鍋が乗ったままのコンロに火をつけた。
あたしはあの後おっさんが羽織ってくれたコートを脱ぎ、大人しくその指示に従う。
「警察に通報されるか、おっさんに大人しくついてくるか、どっちか選んで。前者ならお嬢ちゃんはきっと問答無用でお家に連行。後者ならとりあえずお嬢ちゃんにとって悪いようにはしない」なんて脅迫まがいの二者択一を迫られ、それでもあたしが選んだのは後者の方だった。連れ戻されることが分かり切った選択肢を選ぶのは本当に嫌だったし、「逃げる」という3つ目の選択肢を実行していたところであの状況ならきっと無駄に終わっていただろうから。それに、もしこのおっさんが何か変なこと企んでたんだとしても、自分のことなどどうでもよくなっていたあたしに困ることなんてない。
(とりあえず、いきなり襲われるって訳じゃなさそうね……)
そんなことを考えながら、何となく部屋を見回す。
ダイニングキッチンに、長ソファが置かれた広いリビング。トイレとバスらしき扉は玄関から続く廊下にあり、部屋は他に3つほどあるようだった。他に同居人でもいるんだろう、中年の男一人が住むには広すぎる間取りだ。
「おっさんには双子の兄貴がいてねー、この部屋には2人で住んでんの。むさいとは思うけど、まあ我慢してよ」
タイミング良くそう説明してきたおっさんにびくりとして顔向けると、おっさんはこちらを振り向いて苦笑していた。
「野郎2人で住んでるような部屋にあたしを連れ込んだ訳?」
「こっちとしても苦渋の選択だったのよ、お嬢ちゃんあのままにしてたらもっと悪い人にもっと悪いところへ連れ込まれてたかもしれないし。
それとも、おまわりさんがたくさんいるところに連れ込まれた方が良かった?」
「ばっかじゃないの」
そう吐き捨てて、おっさんから目を背ける。ただ、部屋を見ていたらまたおっさんに何か言われそうだったから、ただひたすらテーブルの木目と睨めっこをしていた。おっさんは、「ばかとはひどいわね~」とか言ってたけど、あたしが返事しないのを見てそれ以上は何も言ってこなかった。
やがて香ってくる、スパイスの独特の香り。
「はいよ、お待たせ」
トンとあたしの目の前に置かれたのは、湯気を上げているカレーライス。
「今すぐできるのがそれしかなくてね。ま、一晩寝かせてるからきっとおいしいと思うわよ」
「……残り物でしょ」
「はっは、バレたか……まあそう言わずに、とにかく何か食べたほうがいいよお嬢ちゃん。お腹、すいてるんでしょ?」
カレーの匂いに反応したのか、答えるようにまたあたしのお腹が鳴る。もちろんあたしの方もその誘惑には十分当てられていて、出されたスプーンを握り、カレーとライスを掬い、口に運ぶ。
ぱく……
あ……美味しい……。
冷え切っていた身体が、芯から温まってくるような気がする。
一人暮らしで料理の苦手だったあたしは、常にコンビニ弁当で食事を済ませていた。レンジで温める、機械造りの料理。カレーもレトルトの物ばかりだった。
だから、レトルトカレーにはない手作りカレーのまろやかさとコクが本当に新鮮で、それでいて懐かしかった。大ぶりに切られた野菜も、ちゃんと鍋で煮込んだぬくもりも、本当に、本当に懐かしくて――
「……っ」
鼻の奥がツンとなって、視界がじわりと滲んだ。ぽろぽろと目から零れたのは、学校でどんなことをされても絶対に流さなかった涙。
次から次へとカレーを食べながら、あたしは泣いていた。
「……おいしい?」
「う……っさい……!!」
手の甲で涙を拭い、鼻水をすすりながら、それでもカレーを食べ続けてるあたしに、おっさんが優しい声で言ってくる。
「おかわりもあるから、欲しかったら言ってね」
それからあたしが座っている椅子の背をぽんと叩いて、向かいの椅子に腰かけ、頬杖をつく。
そんなおっさんに見守られるようにしながら、あたしはひたすら食べ続けた。
「……ご……ちそうさま」
2杯目のカレーを食べ終え、あたしはスプーンを置いてぎこちなくそう言った。
今日会ったばかりの見ず知らずのおっさんの手料理食べて、子供みたいに泣いてた自分が恥ずかしかった。
「はい、お粗末さんでした」
でもおっさんはそのことには一切言及せずににっこりと笑ってその皿を取り、流しに置いて水に浸ける。
「そう言えば自己紹介が遅れたね。おっさんはレイヴン・オルトレイン、よろしく」
またあたしの前に戻ってきたおっさんはそう名乗って、それから「えーと」と言葉を詰まらせる。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「………………」
その問いに、あたしは躊躇う。今さらだけど、あたしはまだこのおっさんに自分のことを明かすのに抵抗を持っていた。
「フルネームじゃなくてもいいから、ね? それでも嫌だったら、とりあえず何て呼べばいいかだけ教えてくんない?」
でもそんなあたしの気持ちも察してくれているんだろう、おっさんは言及の範囲を狭める。
「……リタ」
「リタ、ね。可愛い名前じゃない、呼びやすいし」
ようやくあたしが名前を口にすると、おっさんはまたにこりと笑った。
「じゃ、まリタちゃん、事情はよく知らないけど今夜はここに泊まって行きな? 公園で寝るよりはずっと快適なはずだから」
帰ってきた彼が最初に目にした人物は、自分と同じ顔をした弟――ではなく、リビングのソファで毛布にくるまって眠っている少女だった。
間違えるはずがない、この部屋は自分と弟が借りている部屋。そこに見知らぬ少女が一人……じゃあこの少女が間違えたのか? いやいやそんな馬鹿な。
予想外の出来事に愕然とし、しばし混乱する思考回路。
「あ、シュヴァーン帰ってたのぉ?」
そこにやってきたのは、風呂から上がったのかタオルで頭を拭く寝間着姿の弟。
「いやー聞いてよー。実は今日――」
その姿を認めるなり彼は身を翻す。
バキイィッ
繰り出された拳は見事弟の頬を捉え、鈍くも派手な音が部屋に響いた。
つづく。
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