今度は嬢ちゃんとのお話。タイトルの割にほのぼのしてない。
過去捏造とだいぶ暴力入ってます(当社比)ので注意。
あと今まで常におっさんが出しゃばってたのでちょっと自重してもらいました(笑)。
ではどうぞ。
殃禍後ティータイム
ギルドの街、ダングレスト。
本来なら天を射る矢のレイヴン、そして凛々の明星の面々が拠点とすべき街だが、星喰みを打倒すべく東奔西走している現状ではただの休息地にすぎない。
しかもここ最近は、あえてこの街に踏み込まないようにしていた節もあり、現に今日立ち寄ったのもギルドの仕事で已む無く、といった雰囲気だ。
――その原因が自分にあることぐらい、簡単に検討がつく。
この街の大きな支えであったドン・ホワイトホースは自分の策略によって壮絶な死を遂げ、間接的にではあるがその代償がよりにもよって今の空である。
その顛末の詳細を知っている者はごく限られているものの、少なくとも彼の死について自分が裏で糸を引いていたことは既に広く知れ渡っていた。
だから、この街にとって遺恨の塊である自分は凛々の明星が用を済ませている間宿で留守番。レイヴンは滞在を聞きつけたギルドユニオンに呼び出され、買い物当番のパティとリタ、フレンも外出中で、今宿にいるのは2人きり。
「アレクセイ、紅茶淹れてみたんですけど一緒に飲みませんか?」
窓辺のテーブルに座って、リタと共同で行っている精霊化の研究のメモを書き起こしているとノックの音が響き、返事をすればエステリーゼが顔をのぞかせた。手に乗せたトレーには茶菓子のクッキーとティーポット、カップが2つ、ふわりと香るのはアールグレイか。
咄嗟に、姫君の気遣いを左の皿に、自分が植え付けたトラウマを右の皿に乗せ脳内で天秤にかける。が、針は揺れるばかりでなかなか片方に傾いてはくれない。
「……お邪魔、でしたか……?」
そうしている間に、テーブルに積まれた資料を見たエステリーゼがどこか寂しそうに首をかしげる。
「い、いえ……ありがとうございます。今、片付けますので……」
天秤が傾かぬまま、反射的にそう答えて資料の山をとりあえず自分のベッドの上に移動させる。
そして入室を促すと、エステリーゼは「お邪魔します」と礼儀よく一礼してテーブルへとゆっくり歩み寄って来る。
(……ああ、しまった……)
アレクセイが自分の返答を後悔するのに、そう時間はかからなかった。
だんだん大きくなる、茶器が立てるかちゃかちゃという音。だがそれは、エステリーゼが近づいて来ているからだけではない。
エステリーゼの身体が、震えている。
天秤は今になって右に傾き、後悔が渦となってアレクセイを呑み込む。
「準備は私がいたしましょう、エステリーゼ様はどうぞおかけください」
立ち上がって、エステリーゼからトレーを奪うように取ると、彼女は「でも――」と何か言いかける。
「私にさせてください」
だが思わず強くなったアレクセイの口調にその肩が跳ね、彼女は言葉を飲み込んだようだった。
「ごめんなさい……では、お願いします」
大人しくアレクセイが座っていた椅子の向かいに座り、ぎこちなく笑うエステリーゼ。
(何をしているのだ、私は……)
明らかに怯えさせてしまったことをまた後悔しながら、トレーをテーブルに置き、温められていたカップを伏せった状態から上に向けてポットから紅茶を注ぐ。漂う香りは強くなり、張り詰めていた空気がほんの僅かにだが和らいだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ティースプーンを添えてエステリーゼの前に差し出し、続いて自分の分をカップに注ぐ。
そう言えば、この旅に加わってからこういう本格的な淹れ方をした紅茶は飲んだことがなかった。恋しいと思っていた訳ではないが、実際に前にするとやけに懐かしく感じる。
自分の席に着き、エステリーゼが角砂糖をかき混ぜるのを待ってからカップに口をつける。実は甘党のアレクセイだが紅茶にはこだわりを持っており、本来の味を最大限楽しめるよう砂糖もミルクも入れない主義だ。
エステリーゼが用意してくれた紅茶は実に美味だった。香りといい渋みといい、その辺りの高級カフェと比べても何の遜色もないだろう。
「お口に合いますか?」
「はい、とても」
少し不安げに投げかけられた問いに素直に答えると、彼女はほっと息をついてから微笑んだ。
「よかった……! 実はこの紅茶、ずっと昔アレクセイに教えてもらったとおりに淹れてるんですよ」
つい先ほどまで自分に恐怖を抱いていたはずの姫君は、嬉しそうに両手を合わせてそう言った。だが、アレクセイはその言葉に首をかしげる。
「私、に……?」
「覚えてませんか?」
正直、騎士団での日々については暗い野望に燃えていたことしか覚えていない。黄金時代とも言える、それこそあの蒼い精鋭部隊がいた時期の記憶でさえ、あの崩壊の日を境に灰燼に帰したようなものだ。
「私が5歳ぐらいの時、ヨーデルと一緒にこっそり遊んでいる内に騎士団本部で迷ってしまって、たまたま入った部屋がアレクセイの部屋だったんです。でも、大人たちに内緒で遊んでいたから絶対怒られると思って怯えていたら、あなたは『せっかくのお客様だから茶会でも開きましょう』と言ってくれて、紅茶とお菓子を用意してくれました」
ああ、言われてみればそんなこともあった気がする。
確か、平行線を辿るばかりだった評議会との協議から帰ってきたばかりのタイミングで、何か息抜きをしないと眉間の皺がヒビになると思っていた矢先、扉の開く音に顔を上げれば幼い王位継承候補者が2人泣きべそをかいていたのだった。
2人は自分に気付くと今度は竦み上がり、がたがたと震えだした。よほど自分のしかめっ面が恐ろしかったのだろう。始めはアレクセイも驚いたものの、その様子を微笑ましく思いながら大方の事情を察し、自由に遊びまわることもできない2人に紅茶と菓子をふるまうことにした。
そしてその時に紅茶を準備する自分の横でエステリーゼが目を輝かせていたので、そこそこ本格的な紅茶の淹れ方を説明したのだった。
「あれ以来教えてもらった方法を練習して、いつかアレクセイに私が淹れた紅茶を飲んでもらいたいってずっと思ってたんです。
だから、とても時間が空いてしまいましたけどこれはあの時のお返しです」
自分が忘れてしまっていた思い出を話すエステリーゼは本当に楽しそうで、一瞬自分と彼女の関係を忘れてしまいそうになる。
……だが、忘れてはいけない。
「私は、貴女にそれ以上の仕打ちをしたではありませんか」
その一言で、せっかく和んでいた空気がまた張り詰める。
目ざとく姫の震えに気付いていながらまた彼女にトラウマを思い出させようとするとは、一体自分は何がしたいのか。自分でも訳が分からない。
「私へのお気遣いには感謝しております、エステリーゼ様。ですが私は貴女や帝国を謀った謀反人……行動を同じくしているとはいえ、必要以上に情をかければあらぬ疑いをかけられます。
ましてや貴女は将来副帝に就くべきお方、自分の身の上を御考えあれ」
「嫌です」
だが、エステリーゼの顔が悲しそうに歪んだのも束の間、棘さえ含んだアレクセイの言葉を、彼女は凛と否定した。
「アレクセイだって、あの時私達をかばってくれたじゃありませんか。すぐに召使い達に突き出した方が、自分の立場は安全だったはずなのに」
嗚呼、聞きたくない、聞きたくない。あの忙しくも幸せだった日々のことなど。
野望がまだ輝かしい理想だった頃のことなど、権力に固執していなかった頃のことなど。
――自分がまだ、人を人として見ていた頃のことなど。
「……あの時の貴女方と、今の私では、あまりにも違いすぎます」
自分のことなのに、それを聞くのが苛立たしくてしょうがなかった。真摯な目を向けてくるエステリーゼから目を逸らし、テーブルの下に隠した拳を握りしめる。
「そうかも知れません、でも、私はあなたに――!」
がちゃん、とやや派手な音を立ててエステルが身を乗り出す……と同時に、宿屋の階下から喧騒が聞こえてきた。
数人の男がわめく声と足音が、この部屋に近づいてくる。それに、窓の外にも人の気配――
「な、何です?」
(やはり来たか……)
エステリーゼは言葉を止め、部屋の入り口に目を向けている。一方のアレクセイはこの事態を予測していた。
いくら留守番として宿に隠していたとしても、凛々の明星一行と自分が行動を共にしていることは誰の耳に入っていてもおかしくはない。ましてやここは、自分のせいで英雄を失った街。
「エステリーゼ様……失礼します」
「え――」
喧騒に気を取られているエステリーゼの首筋に手刀を叩きこめば、その身体からはいとも簡単に力が抜ける。それを一度片手で支え、紅茶を零さぬようにどけてからテーブルの空いたスペースに頭を預けさせた。
直後、ノックもなしに乱暴に開け放たれる部屋の扉。その向こうに立っていたのは、いかにも血の気の多そうな男が数人。
「あんたがアレクセイ・ディノイアだな?」
「ああ、そうだ」
正直に頷くと、彼らの目に憎しみの光が宿る。
「ドンを殺しておいてよくもぬけぬけとこの街に足を踏み入れられたもんだ」
「俺達が何しに来たか、分からねぇとは言わせねぇぜ」
「無論だ」
ドンの仇打ち、それ以外に何があろう。だが縄を持っているということは、ここではなく別の場所で嬲り殺すつもりなのだろう。どうやらエステリーゼが目覚めた時真っ先に自分の死体を晒す、ということはなくて済みそうだ。
「連れていくのなら早くしろ、ここで騒ぎを起こすのは私とて本意ではない」
「けっ、言われなくてもそうすらぁ! おい」
リーダー格と思われる男が顎で指すと、ロープを持っていた男と他に2、3人がアレクセイを取り囲み、身体を縛り始める。
「こっちの眠り姫はどうする?」
すると、窓の外から様子を窺っていた連中も部屋に侵入して来て、テーブルに伏して気を失っているエステリーゼに近づいた。
「お前達」
だがアレクセイが振り向いてそう呼び止めれば、彼女に近づいた男達だけでなく、周りの男達もびくりとその動きを止める。
「お前達の目的は私だろう……? 私のことはどうしようとお前達の勝手だ。だがそのお方にすり傷一つ負わせてみろ――」
皆殺しにしてやる。
アレクセイから膨れ上がった殺気に、男達が引きつった声を上げて1歩2歩と後ずさる。きつく縛りあげられ、武器も持っていない筈の1人の男に、それでも歴戦のギルド員達が明らかに怯んでいた。
「……ちっ。おい、その女はいい。
そりゃ本物のお姫様だ、下手に手ぇ出せば帝国と厄介なことになるぜ」
見かねたように出された指示で、ようやく男達がエステリーゼから離れていく。
「ほれ、さっさと歩け」
「ああ」
引かれる縄に逆らいもせず、アレクセイは歩き始める。抵抗する気はないというのに、武器に手をかけたまま周りを囲む男達が何だか滑稽だった。
拳が腹にめり込む。どすり、もう聞き飽きた、鈍い音。
幸いなことに猿轡を嵌められている為叫び声を上げることはないが、吐血や逆流する胃液までは抑えることが出来ない。あの姫君が淹れてくれた紅茶も、とうの昔に猿轡に染み込んでしまっているだろう。
路地裏の奥の奥の酒場の地下に連れ込まれ、それが始まって何分か、何時間か。5秒に1度殴られたと考えて――ああしまった、274回数えたところで1度意識が飛んでしまったのだった。
こちらは飽きたというのに、よくも飽きもせず殴り続けられるものだとも思うが、何度か上の酒場の方から光が漏れてきているようなので殴る人間が入れ替わっていると考えるのが妥当だろう。この部屋は暗い上こちらの視界も霞んでいるので断言はできないが。
また1撃。今度はわき腹に膝蹴りが飛んでくる。
その衝撃で括りつけられた椅子ごと身体が吹っ飛び、頭から床に叩きつけられる。再び意識が遠くなるが、今度は水をかけられてすぐに引き戻された。
最初は、「てめぇのせいでドンは――!!」とか「絶対にゆるさねぇ! 地獄に送ってやる!!」とか怒号が聞こえていたものだが、今はたまにまともな言葉が聞こえるだけでほとんどが下卑た笑いに変わっている。
そんなに憎いのならさっさと四肢をもぐなり内臓を抉りだすなりしてくれればいいのに、まだまだストレスを発散させるサンドバックの役割は終わりそうにない。
(早くしないと、〝彼ら″が来てしまうぞ)
言うだけ言ってなかなか地獄に送ってくれないことに対する抗議も込めて、自分を見下ろしている男の1人に視線を送ってみるが、どうやら反抗の意と思われたらしい、また腹部に蹴りが飛んできた。
こんなものでは足りない筈なのに、身体は苦痛に悲鳴を上げる。殴り殺すなら殴り殺すで、もっと急所を狙えばいいものを。
その時、突如として地下室と酒場を繋ぐ扉が開き、逆光にやたら華奢な人影が数個――
(……タイムアップだ)
正義のヒーローはやはり、間に合ってしまうものなのだろう。
今までアレクセイを殴っていた男達もそれが何者か分かったようで、途端に始まった大乱闘。その中でも腕に自信がないのか、2人程がアレクセイを盾にしようとナイフを持って彼に手を伸ばしてくる。
「ウインドカッター!」
そんな彼らを、魔術の風が取り囲む。殺されない程度に切り刻まれた2人は悲鳴を上げてその場に倒れ、代わりに走り寄ってくるのは紫色の中年と桃色の姫君。
「大将、無事!? ……じゃあなさそうね」
「アレクセイ!」
縄と猿轡を外しながら、レイヴンとエステリーゼが交互に声をかけてくる。
「酷い……今、治癒術をかけます……!!」
「頼むわ嬢ちゃん……っく!」
レイヴンが背後からの一撃を弓で防ぎ、短刀で相手を斬り伏せた。そのまま彼は、アレクセイとエステリーゼの周囲を守るように敵を蹴散らし始める。
そしてエステリーゼはアレクセイの傍に膝をつき、彼に向って手を伸ばす。
嗚呼いけない……だってそこには、自分の汚らわしい赤が……。
「おやめ、ください……エステリーゼ様……お召し物が汚れ、て、しまいます……」
思いの外絶え絶えの息でそう忠告するが、それを聞いた彼女は涙をぼろぼろとこぼすだけでそこから動こうとはせず、治癒術をかけ始める。
自分から彼女を動かそうにも、拘束は外れたとはいえ骨が軋むばかりで身動き一つとれなかった。そうしている間にも、エステリーゼの治癒術により傷が塞がり、痛みが和らいでくる。同時に、彼女の服が床についた自分の血を吸い上げていく。
やがて治癒術の光が消え、何とか腕を立てて起き上がろうとするとエステリーゼの声が鼓膜を震わせた。
「どうしてです……? どうしてあなたは、自分より人のことばかり……!」
それを貴女が言うのですか――咄嗟に返そうとした言葉はしかし、不意に迫った白いドレスの中へと吸い込まれる。
「お願いです、アレクセイ……これ以上、独りになろうとしないでください……!!」
いつかのように泣きじゃくりながら、エステリーゼはアレクセイの頭を抱きしめていた。背中にまで手を回し、服をきつく掴んで、彼に縋るように泣いていた。
(嗚呼、駄目だ駄目だ、姫様の服が汚れてしまう……)
頭ではそう考えているのに、身体に力が入らない。傷はもう治っている、痛みはまだ残ってはいるが、この姫君を引きはがすことぐらいは簡単な筈、なのに。
そういえば、最後に人と触れ合ったのはいつだったか。最後に人に抱きしめられたのは、最後に人を抱きしめたのは――
「あなたが独りになってしまった原因は、私達皇族にもあります……本当に、ごめんなさい……。
でも、分かってください……アレクセイ、あなたはもう、独りじゃないんです……!!」
何故この姫君が謝っているのか、泣いているのか――だって、最初に彼女を苦しめたのは自分で、どうしようもない罪を犯したのも自分で……なのに、何故――
――だから、とても時間が空いてしまいましたけどこれはあの時のお返しです。
自分への恐れをまだ抱いているのに、大昔のあんな些細なことに礼を返そうとするのか。
「……っ!」
ふと感じた、鼻の奥が刺激されるような懐かしい感覚――ああ、これは……
「っぁあ……ああぁああああ――っ!!」
止める間もなく溢れた涙は、まぎれもなく人としての自分のモノ。自分にもまだ残っていた、人との、人としての繋がりはこうも温かく、優しいものなのかと、思わずにはいられない。
いつの間にか乱闘も終わり静まり返った室内に、2回り以上も年の離れた少女に抱きかかえられ、人生も半ばが過ぎようかという年齢の男の嗚咽が響く。
それはどこか、再誕の産声にも似ていた――。
「みんな、お菓子が焼けました!」
「わぁ、いい匂い!」
「早く食べたいのじゃ」
数日後、海上のフィエルティア号の甲板に置かれた折りたたみ式のテーブルと椅子。そこにエステルが皿いっぱいのクッキーをスコーンを持って行けば、カロルやパティから歓声が上がった。
「うえっ……いかん、船の揺れだけなら平気なのに甘い匂いがすると一気に酔ってきた……」
「だ、大丈夫ですか? レイヴンさん」
「バカっぽーい……」
よろよろと船の縁へと避難していくレイヴンに、フレンとリタが声をかける。
その向かいでは早速ユーリが出来たてのクッキーに手を伸ばしていた。
「じゃ、俺は味見っと」
「あら、お行儀が悪いわよユーリ」
「そうです! 紅茶が出来るまで待ってください!!」
「ちぇ、わぁったよ」
それをジュディスとエステルがたしなめ、渋々手をひっこめるユーリ。
「で? その肝心なお紅茶はまだなのかよ」
ぶっちゃけどうでもいいけどと言わんばかりの口調でユーリがエステルに問うと、彼女は少し困ったように笑ってみせる。
「極上のものには手間と暇がかかるものなのだよ。短気な男は損をするぞ、ローウェル君」
「うおっ、びっくりした!」
鼻にかけたような声はすぐ背後から聞こえ、驚いて振り向くと両手にそれぞれティーポットと人数分のカップの乗ったトレーを持ったアレクセイが立っていた。
「てめっ、出来たなら出来たってすぐに言いやがれ」
「やれやれ、この上品な香りがすぐ傍に近づいても気付かないとは、つくづく損な男だな」
ユーリの毒に毒で返しながら、彼は手際よく紅茶を注ぎ分け、それぞれの手元に運んでいく。しばらくげっそりとしていたレイヴンもとりあえず席に戻ってきて、紅茶の匂いで菓子の匂いを誤魔化そうとしているのかやたらカップに顔を近づけている。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
やがてアレクセイがテーブルを1周し、全員に紅茶が行き渡ると、この茶会の主催者である彼は恭しく一礼してみせた。続いて副主催者のエステルが
「前にも言いましたけど、アレクセイの紅茶はとっても美味しいんですよ!」
と、満面の笑みで続ける。
2人に促され、各々が砂糖やミルクを入れてからカップを手に取り、口を付けていく。
「わあ、おいしい! 僕こんな美味しい紅茶初めて飲んだよ!!」
「確かに、エステルが勧めるだけはあるわね」
「むぅ……おでんと魚料理以外でうちの舌をうならせるとは……」
漏れ出る感想に人知れず安堵の息をついたアレクセイは、自分も席につきながら皆に告げる。
「1杯で足りなかったら言ってくれたまえ、とりあえずはまだポットに残っているし、茶葉もあるから淹れなおすこともできる」
「ん」
言った傍から空のカップが目の前に突き出され、見れば不機嫌そうなユーリがこちらに腕を伸ばしてきていた。
「ほう、君が1番乗りとはな、意外だ」
「うるせー、喉乾いてたんだよ」
「ふっ、そういうことにしておこう」
ユーリのカップに紅茶を注いでやってから、自分の分の紅茶に口をつける。よし、なかなかの出来だ。
あの事件の後、エステルを気絶させたり心配させたり泣かせたりした罪で一通り殴られたアレクセイは、他ならぬ彼女の勧めでこの茶会を開くことにした。
以前から何かと面倒をかけていたレイヴンには名誉挽回の為と話しているが、本当は新しい〝仲間達″への親愛と感謝の気持ちを少しでも形にする為だということは、彼にも分かっているのだろう。茶会と言えば菓子が着いて来るものだというのに、やけに嬉しそうに「じゃあ楽しみにしてるわー♪」などと言っていた(そしてその結果が今日の甘味酔いである)。
その1名を除いて、茶会はわいわいと盛り上がっていく。純粋な笑い声を、騒音と感じなかったのはいつ以来だろうか。
「楽しそうですね、アレクセイ」
隣に座っていたエステルが話しかけてくる。そう言う彼女もにこにこと楽しそうだ。
ああ、そうか。自分は楽しいのか。そういえば、久方ぶりに自然に笑ったような気がする。
それもこれも、ずっと自分を見捨てないでいてくれたこの姫君や部下、そして皆のお陰だ。差しのべられていた手を掴み返すのは遅くなってしまったけれど、今なら胸を張って言える。
「……ええ、私は幸せ者です」
またこうして、護るべきものが出来たのだから。
↓このお話の見どころ↓
主人公を差し置いて35歳のおっさんに続き42歳のおじ様をギュってする嬢ちゃん。
泣かせてみたぜひゃっほぉぉぉぉぉぉぉう☆
やっぱり閣下が幸せなところかと。
何か最終回っぽくなったけど別に最終回ではない(時間軸的には最後かもしれませんが)。
次書く時もまた懲りもせず鬱い閣下を書くと思うよ(^p^)
てか竜使いの沈黙下巻読んだらジュディスちゃんとの話書きたい。
ぽちっとお願いしますm(_ _)m