基本的にウチのイチャイチャなレイリタはこの話を経てる感じです。つまり時間軸的にいえばこのサイトの作品内では結構早い時期。
まいたけも
長いので前後篇に分けます……分割してもまだ長いというorz
後篇はおそらく明日……かな?
例え愚かな想いでも(前篇)
「所詮お前は死人にすぎん。
私の道具として働く以外、お前の存在価値などないのだよ」
何度も何度も言い聞かせてきた――大将も、自分も……。
「お前には、意志も情も必要ない。私の指示通り動いていればそれでいいのだ……」
1度死に、紛い物の生を与えられた自分は人間ですらないのだと。
「期待しているぞ、シュヴァーン」
だからどんな汚い仕事も、残忍な仕事も、何も考えず実行してきた。
「……は」
汚れていく手も、消えていく心も、どうせヒトのものではないのだから……。
――だが人の生を望む今となっては、あの頃の自分がただ……憎い。
夜、宿の個室でひとりぼんやりとしていたレイヴンは、ノックの音で我に返った。
入室を促すと、予想通りの人物がドアを開ける。
「おっさん、魔導器(しんぞう)の調子……ちょっと見せて」
無表情を保とうとしていても、わずかにではあるが心配の表情が混ざっている。おそらく、今日の戦闘で秘奥義を使ったことを気にかけてくれているのだろう。
先日ユーリに、彼女に心臓を診てもらうように言われたものの、結局先に動いたのは痺れを切らしたリタの方だった。(語弊のある言い方をすれば)寝込みを半ば強引に襲われ、それ以降も何かにつけて診察を申し出て来る。
一昔前の彼女ならその理由は単なる魔導器への興味――レイヴンとしてもそう割り切ることができた。だが今となっては、自分のことを本当に心配してくれているからこその行動……それが分かってしまうから、断ろうにも断れない。
――その優しさに甘えてしまうことが、どんなに愚かなことか分かっているのに……。
「まったく最近無茶ばかりして……少しは自分の体のことも考えなさいよね」
ソファに座ったレイヴンの胸元を開き、露わになった心臓魔導器の制御盤に背をかがめて指を走らせながら、リタが小言のように言う。
「あらら、リタっちってばおっさんのこと心配してくれてんの?」
いつものようにからかうふりをして、彼女の本音を確認する。我ながらずるい。
「あっ……あたしは魔導器の心配してんの!!」
案の定顔を真っ赤にしながら声を荒らげるリタ。つまり、図星と言うことだ。
まったく、素直じゃない。
……でも、最近は精霊化の研究だけで忙しいのにこの心臓のことも気にかけてくれていて――何より、こんな自分のことを好いてくれている。
本当に、優しい娘だ。
その優しさに触れるたび、そのぬくもりに触れるたび、満たされてきた心……だがそれと同時に膨れ上がっていくのは、彼女の幸せを願う気持ち、そして自分への嫌悪感。
――だからこそ……俺がこの娘の時間を取ってしまってはいけないんだ――
「……いい加減……ウザいのよね」
自分でも驚くほど暗く、冷たく響いた声に、リタの手がピタリと止まる。
「え……?」
彼女の顔がこちらを向く。
「毎度毎度、頼んでもないのに魔導器見に来て人を子供みたいに――」
表情を消すことには、感情を偽ることには慣れている。凍てついた眼光で彼女を見下ろしながら、レイヴンは拒絶の言葉を吐いた。
「程々にしてくんない?」
リタはただ、唖然とこちらを見上げてきている。
豹変した自分の態度が、そしてその言葉が唐突過ぎて理解できない、そんなところだろうか。……ひょっとしたら、「冗談だって」という自分の言葉を待っているのかもしれない。
やがてその顔が歪み、我に返ったかのようにかがめていた背を伸ばすと、彼女は相変わらず無表情で自分を見つめてきているレイヴンを見下ろしながら怒鳴る。
「いっ! いきなり何言いだすのよ!?」
動揺とも怒りともつかぬ感情の高ぶりが、その音量を上げていた。
「あんたには分かんないんでしょ、その魔導器のこと!! そうやって無理して使い続けて……死んだりしたらどうすんのよ!?
だから、あたしが――」
「それがウザいって言ってんの」
まくしたてようとする彼女の言葉を、レイヴンは相変わらず冷たく、しかしやや強い口調で遮った。
「いちいちリタっちが見なくたって……自分のことぐらい自分で分かる」
有無を言わさぬようなその口調に、リタは再び黙り込み、ただその大きな眼を見開いて彼を見つめその言葉を聞いている。
そしてそんな彼女をより冷たくレイヴンは睨みつけ……言う。
「リタっちこそ、俺の何が分かんの――?」
リタが一層目を見開き、唇を噛みしめるのが見えた。さらに、ぐっ、とその拳を握り締めた音が聞こえ――次の瞬間。
パァンッ
乾いた音が響き、衝撃が走る。彼女の方を向いていた顔が気付くとあさっての方向を向いていた。遅れて来る頬の痛み――彼女の平手打ちが炸裂したのだ。
「何よ……人の気も知らないで……」
そう言った彼女の声は、明らかに震えていた。横目でその顔を窺うと、その翠眼には大粒の涙を浮かべていて――
「バカッ!! もう知らない!!」
そう怒鳴ると同時に、その涙が頬にこぼれる。だがその様子を見られたのもほんのわずかな間で、そのまま彼女は身を翻し、部屋から出て行った。
乱暴に閉められたドアの音が響き、部屋に再び静寂が訪れる。
(素直じゃないのは、こっちも一緒……か)
そう胸中で呟きながらゆっくりと、痛む頬に手を当てる。腫れているのだろうか、痛みだけでなく熱も帯びているその個所は、彼女が去ってもなおその感情を残しているようだった。
「はは……最っ低~」
そうやって他人事のように嘲笑う。
誰を? ……決まっている、自分自身だ。
――そう、何も知らなくていい。こんな方法でしか君を遠ざけられない俺のことなんて……――
1度は本気で刃を向けた。
一回りも二回りも年の離れた、いつ死ぬとも分からぬ身。
何より自分は、まだまだ先のあるあの娘が触れていていい程、あの娘の傍にいていい程――キレイな存在ではないのだから。
「それにしても……っつうぅ~」
殴られているのには慣れているものの、流石に効いた。
一向に引く様子のない痛み。腫れが残ってしまっては周囲に要らぬ心配をかけてしまうだろう。
濡れタオルでも当てておこうと思い、インナーを整え脱いでいた上着を羽織り、部屋の外にある共用の洗面所へと向かうべく先ほどリタが乱暴に開閉したドアに手をかけ、開ける。
「ぴぎゃっ!?」
だが次の瞬間、彼の視界――だけでなく、顔は突如飛来してきた白い物によって覆われてしまった。
慌ててそれを掴んで取り払うと、
(……濡れタオル……?)
まさに今彼が求めていたものであった。
まさか天の恵み、という訳でもないだろう。それが飛んできた方向に視線を上げようとするのと同時に、聞き覚えのある声が飛んでくる。
「たく……リタに診てもらえとは言ったが、喧嘩しろとは言ってねーぞ」
「青年……」
腕を組み、廊下の壁にもたれかかってそう言ったのは、やはりユーリだった。
彼はジト目でこちらを眺めながら、レイヴンが握ったままのタオルを顎で指す。
「それでついでに頭も冷やしとけ」
「……………」
レイヴンはしばし彼と濡れタオルを交互に見、やがて苦笑しながらそれを赤い頬に当てる。
「……いやぁ、すまんねぇ。ダメダメなおっさんで……」
「ああ、まったくだな」
大きくうなずくユーリ。
一体どこから聞いていたのだろうか、彼のことだから盗み聞きやのぞき見などということはまずないだろう。とすれば、丁度リタが怒鳴り始めたあたりにでも通りかかり、心配――少なくとも気にはなって待機していたというところだろう。どちらにせよ、肝心な部分はほとんど認知しているようだ。
なんとも聞き苦しい物を聞かせてしまったと思いつつも、ある意味彼が事情を知ってくれたのは好都合でもあった。
「すまんついでに、リタっちにフォロー入れといてくれる?」
レイヴンの頼みに、しかしユーリは真意をくみ取れず疑問符を浮かべる。
「フォローっておっさんのか?」
「まさか」
彼の問いを3文字で否定すると、レイヴンはより一層の苦笑を浮かべてみせた。
「リタっちのに決まってんでしょ? ついでにおっさんのことはボロクソに言っといてくれればいいからさ」
へらへらと笑いながらも結局彼女への気遣いを露わにする。
だがユーリは急に険しい顔になると、眼光を鋭くしてそんなレイヴンに問いかける。
「……あんたは、それでいいのか?」
「ん? 何が?」
その問いの意味は分かっているはずだ。それでも彼は見るからにとぼけるつもりで聞き返してくる。
苛立ちを隠しきれず、ユーリは低い声音で重い言葉をつきつける。
「そうやって自分傷つけて、あいつを守ってるつもりか?
……結局1番傷ついてんのはあいつじゃねーか……」
痛烈な糾弾に、レイヴンの笑顔が消える。だが彼が怯むことはなく、あくまで静かな口調でそれに応える。
「そんなこと……分かってる」
「じゃあどうしてそこまでして――!!」
遂にユーリの表情が怒気が帯び、声も大きく、荒くなった。
だがそれに負けぬほど強くはっきりとした言葉で、レイヴンは彼の言葉を遮る。
「こうまでしないと、俺があの娘を手放せないから!!」
その言葉から感じられたのは、堅い――そして痛切な決意。
思わず黙り込むユーリに、レイヴンは再び静かな口調に戻り、続ける。
「このまま俺がリタっちの気持ちに甘えてたって、あの娘の為にならないから。
あの娘には……俺なんかに費やす時間より、もっと有意義な時間を過ごしてほしいから……」
そこまで言って、真顔に近かった彼の表情が、歪む。
「でもねー、おっさん頭悪いから――」
――あの娘の気持ち……絶たせるしか思いつかないんだわ――
……本人は、笑っているつもりなのだろう。口元は上向きに弧を描いている――だが、それだけだ。
震える声、握りしめられた拳、それに――
「……ったく」
しばし呆然とした様子でそんな彼を見つめていたユーリは、見ていられないとでも言うように息を吐くと彼に背を向けた。
「いい年こいたおっさんが……なんてカオしてんだよ」
そのまま立ち去ろうと歩き始めたユーリに、レイヴンは力なく声をかける。
「すまんね……」
「……謝る相手違うっつーの」
不服そうにぼそりと返し、ユーリは足早に歩を進めていく。
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