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今日も幸せレイリタ日和。
2025/05/07 (Wed)18:23
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2011/10/10 (Mon)17:23
以前参加させて頂いたシュヴァリタアンソロジー用の思い出の詰まった(笑)小説です。

虚空の仮面がまだ影も形もなかった頃のものなのでシュ(ryは普通に平民出身設定。
てかそもそもパラレル設定なのであんま本編関係ない。

恋の駆け引きとか心理戦とか、そんな格好いいモンじゃない

 

 ……えーと。
 目の前の光景に一瞬だけ止まった思考が、ゆっくりと回転し始める。一応現状の把握から始めよう。
 本日の職務を終え、帰って来たのはこの私室。隊長首席にもなれば書斎も兼ねた広い寝室(ついでにユニットバスとキッチンも付いている)が与えられるのだが、平民出身の身としては未だに居心地が悪い。
 さて、まずは一番奥にある執務机。毎日二時間は座っているため随分と使用感が出てきた。部下の誰かがもってきたのか、午前中にはなかった書類が積まれている。この時期は騎士団の予算や人事で特に書類が多く、騎士団長にも回さなければならないものもあるのでなるべく早く片付けなければ。つまりは完全なる勤務時間外労働、いい加減残業手当出してくれないかな、団長。
 次は隅に置かれたシングルベッド。今朝は危うく朝礼に遅れるところであったため、慌てて飛び起きたまま整える暇がなかった。乱れたままのシーツと脱ぎ散らかされた寝衣が我ながら見苦しい。ふと枕を見ると髪の毛が数本ついていてどきりとするが、数日間掃除をしていないことを考慮すると、まあ普通の量だろう。この役職に就いてから身体的疲労に加え精神的疲労も増し、人知れず頭皮の心配をしているのだが、幸い特別な手入れもないまま今日まで毛根は無事でいてくれている。ありがとう、オルトレインの遺伝子。
 ……よし、思考は正常だ。それでは本題に向き合うとしよう。
 目の前には低いテーブルとソファ。一応来客用であるためそれなりに質はいいのだが、本来は寝室なので客人らしい客人も来ないし呼ばない。正直なところ邪魔となることが多いのだ。そう考えると今のこの光景はある意味喜ばしいことなのかもしれない。お陰で頭痛がするものの。
「おかえり」
 テーブルの上は学術書やらノートやら筆記用具やらに埋め尽くされ、そこに乗り切らなかったものはソファに積まれている。そして自身もソファの上に膝を立てて抱えるように本を読みながら、普段不要な家具一式をフル活用してくれている少女が顔も上げずにそう言ってきた。
 リタ・モルディオ。弱冠十五歳にして天才魔導士の異名を持つ帝国所属の魔導器研究員。その人並み外れた頭脳から来ている……かもしれない言動にはいつも驚かされる。大抵は悪い意味で。
「何をしている」
「読書」
 疲れのせいか思った以上にドスの利いた声で尋ねてしまったが、少女は怯んだ様子もなく即答してきた。より頭痛がひどくなるのを感じながら、彼は問い返す。
「それは見れば分かる。なぜ俺の部屋にいるのかと聞いている」
「あたし、今夜ここに泊まるから」
「………………」
 ――眩暈がしてきた。よし、落ち着け。落ち着くんだ帝国騎士団隊長首席シュヴァーン・オルトレイン。とりあえずはあれだ、経緯でも聞いて状況整理だ。
「今日は騎士団長に依頼されてた研究成果の報告に来たの」
「ふむ」
 ああ、それは知っている。優秀な彼女がよく団長直々の依頼を受けていることは有名であるし、それに今朝はその団長が「今日はリタ・モルディオが来るぞ」とニヤニヤしながら教えてきた。うざったいので返事もそこそこに自分の隊の訓練に行ってしまったが。
「で、帝都についたのが昼過ぎ。騎士団長への報告とか手続きとかが終わったのが夕方。流石にあたしもそれから帰る元気はないわ。ここの図書室で調べたいこともあったし」
「なるほど」
 確かに、彼女の住んでいる学術閉鎖都市アスピオは帝都から三日はかかる。時間も時間であるし、用が済んだらすぐ帰るとはいかないのは誰が考えても理解できよう。それにこのザーフィアス城の図書室は、蔵書量ではアスピオに劣っているとはいえ通常の図書館よりも古い書物が多い。アスピオにはないような書籍もいくらか揃っているそうだ。
「いつもみたいに騎士団長が宿を手配してくれるはずだったんだけど、あいにく今日はどこも空いてなかったらしくて」
「それは災難だったな」
 旅行者でもいるのだろうか。魔導器の発達したこのご時世、結界で守られた街の外に出れば魔物が蠢いているというのもあって、ギルドの人間以外で外遊する者は少ない。それに帝都では当然のことながら帝国の力が強いため、ギルドの人間もあまり入ってこない。そのため帝都とはいえ宿などは充実しておらず、旅行者の集団が来れば満室、ということもよくあるのだ。
「仕方ないからあんたの部屋に泊まることにしたの」
「よし、まて」
 腕を組み大人しく相槌を打っていたシュヴァーンだったが、決定的におかしな結論にまったをかける。直後に結局突っ込みどころが変わっていないことに気付くが、まあいいだろう。ついでにリタが「まても何も全部話し終わったわよ?」と言っているのも、ここはスルーしておこう。

「さてモルディオ君、賢い君を見込んでいくつか質問があるのだが」
「すでにいくつかされてるけどね」
「問一、この部屋にベッドはいくつあるか」
「あたしの目に狂いがなければ一つね」
「正解。次に問二だ、三五マイナス十五は?」
「二十」
「正解だ。ちなみにこの数字が何を示しているか分かるか?」
「引かれる数があんたの年、引く数があたしの年、つまり解はあんたとあたしの年の差」
「申し分ない。では問三、君と俺の間に血の繋がりはあるか否か」
「否」
「問四、君と俺は同性か異性か」
「異性」
「よろしい。それでは最後に、以上の問いと解から示される問題点を四十字以内で述べたまえ」
「親子ほど年の離れた赤の他人の男女が一つのベッドで一晩を共にしようとしている。三八文字」
「その通りだ」

 淡々とした応酬。内容からしても滑稽極まりないことは問いを続けるシュヴァーンとて百も承知だ。ただ目の前の少女がどこかで勘違いをしてくれていればいいなという淡く儚い希望を抱いていたのだが、見事に砕け散ってしまったらしい、何とも世知辛い世の中だ。仕方がない、こちらの意志を示そう。
「……モルディオ君、残念だがその問題がある以上俺は君の宿泊をそう簡単に許可するつもりはない。一社会人としてな」
 冷淡に述べたのはしかし一般論に近く、偽っている訳ではないが本心すべてである訳でもない。だって、拒絶の言葉なんて吐ける訳がない――そんな、心にもないことを。
「許可ならもらってるわよ? 騎士団長から」
「何……だと……?」
 そして返ってきた答えは予想の斜め上。思わず目を点にするシュヴァーンに、リタはポケットから何やら紙きれを取りだし、差し出す。
「あたしがシュヴァーンの部屋に泊まりたいって言ったら『団長権限で全力で許可する』だって」
「………………」
 広げてみると、正規書類の証である帝国騎士団の紋章の入った用紙にそのような旨が書き込まれており、下段には上司の名、ご丁寧に捺印までされている。間違いなく帝国騎士団長発行の許可証だ。
 今宵最高潮の眩暈が彼を襲う。この腐れまいたけが。とりあえず明日会ったらこう言ってやろう、心の中で。
「……シュヴァーン」
 名を呼ばれ、紙から視線を戻す。これまでの長いやり取りの最中も顔を上げなかった少女がこちらを見上げてきていた。あんなにも冷静に答えていたのに、いつの間にか彼女の顔は真っ赤になっていて――いや、本当は最初から気付いていた。部屋に入った時から、髪の間にのぞく彼女の耳が朱を帯びていたことぐらい。
 不機嫌そうにこちらを睨みつけてはいるが、その綺麗な翡翠の瞳はどこか不安げで。ああ可哀そうに、今まで虚勢を張るのに一体どれほどの勇気を使っていたのだろう。
「……一緒に……いさせなさいよ」
 素直じゃない少女が、精一杯の告白をしてくる。……違う、人に気持ちを伝えることに慣れていないだけだ。それでも何とか想いを告げてくれるほど、彼女は自分のことを好いてくれているらしい。
 そのくせ、自分はまだ本性を見せようとはしない。本当に素直じゃないのは自分の方じゃないか。いい年して、こんな少女にここまでさせて、情けないことは自分が一番よく分かっている。
(こんな俺のどこがいいんだか……)
 どうしようもない自己嫌悪に駆られながらも、そんなリタを振りほどこうともしない自分はやはり情けない。受け入れる度胸もないし、だからと言って手放す勇気もない。
 本当に振り回されているのは、どちらなのだろう。

     ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇

「おはようシュヴァーン、昨夜はよく眠れたかね?」
 アスピオに帰るリタを見送った後、書類を提出するため執務室を訪れたシュヴァーンに、部屋の主からやけに楽しげな声が掛けられる。帝国騎士団長アレクセイ・ディノイア、言わずと知れた帝国の最高権力者の一人――そして昨日の出来事の元凶である。
「む、何だその目は。朝から無礼な奴だな」
 思いの丈をすべて視線に込めたせいだろう、アレクセイは機嫌を損ねたかのような言い草をしてくる。が、そのにやついた表情は隠しきれていない。
 今すぐぶん殴ってやりたいところだが、返り討ちにされるのが目に見えている上後が怖い。内心と眼光では相変わらず悪態の限りをつくしつつも、言葉では何とか冷静を保つ。
「ああすみません、寝起きから腰痛がひどいものですから」
「ほう……腰痛とな?」
「ええ。昨夜ある少女を部屋に泊めることになって、流石に同じベッドで寝る訳にはいかないので私はソファで寝ようとしたのですが、彼女がどうしてもいっしょに寝たいと言い張り仕方なく床で雑魚寝を……今舌打ちしませんでしたか?」
「気のせいだ」
 大抵の人間なら目を逸らすなりなんなりして誤魔化そうとするものだが、この男はどっしりと構えたまま真っ向から否定してくるので実にタチが悪い。
「それにしても、いたいけな少女にそこまでさせるとはお前も罪な男だな」
「そのいたいけな少女をけしかけたのはどこのどなたですかね」
「けしかけたとは人聞きの悪い、背中を押してやっただけだ」
 皮肉すらこの男には通用しない。おのれいけしゃあしゃあと。増していく苛立ちが、確実に言葉に棘を持たせ始める。

「……彼女の気持ちをもてあそんで楽しいですか?」

 その問いに、初めてアレクセイの眉がわずかに動く。だが即刻首が飛びそうな台詞を吐いたにもかかわらず、彼の反応はそれだけだった。
 勤務時間前の個人的なやり取りだからか、もう十数年の付き合いだからか、それとも単にこの男が意外と寛容だからか、その理由は定かではないものの、口に出してしまった以上もう後には引けない。
「あなたの個人的な趣味に口を出すつもりはありません。ただ、あんな少女の気持ちに目をつけて巻き込むのは、何より彼女の為になりません」
「はて、異なことを言う。私はお前が仕事に追われたまま私のように婚期を逃してはいかんと思っているだけだが?」
 まだとぼけるつもりか、或いは本心も多少は含まれているのか、薄く笑ったままのアレクセイからその真意は読み取れない。ただ、どちらにせよ彼の行為は――
「年齢差も考えないような無謀なお節介なら結構です」
 もはや敬語すら崩壊し始めてきたシュヴァーンの言葉に、彼は小さくため息をつく。
「……そうか。だが仮に私がそのお節介を止めたとしても、彼女がお前を諦めるとは思えんがな」
「その時は自分で何とかします」
 そこで生まれた大きな隙を、この男が見逃すはずがなかった。
「ほう、具体的にはどうするつもりだ? 彼女に迷惑だと告げて突き放すか? 嫌いだと告げて傷つけるか? お前も知っているだろうが、年の差だの何だのという一般論はあの娘には通用しない」
 問いかけては来ているものの、きっと彼は答えを知っている。
「………………」
 沈黙が意味するのは、彼の見越したその答え。例えここで嘘をついたとしても、彼の追撃に崩れ去るだけだろう。
 ああそうか、ここまで見えていたから反応があれだけだったんだろうな。相変わらず血が上ったままの頭でも、片隅では客観的な判断が下る。
 ただ、何故だろう。敗北を確信しても苛立ちは未だ増幅を続ける。だからと言って目の前の上司に返す言葉も思いつかず、黙したまま彼を睨み続けるシュヴァーンに、彼は冷ややかに告げる。

「本当にあの娘の気持ちをもてあそんでいるのはお前ではないのか、シュヴァーン?」

 そこでようやく、この苛立ちが彼に向けられているものではなく自分自身に向いているものであることに気付いた。昨日も感じた激しい自己嫌悪。本当は彼女のことを望んでいるくせに、自分から求めるのが怖くて、今の自分はただ彼女の気持ちに甘えているだけだ。そんな自分に、この悪趣味な上司を咎めることなどできるはずがない。
「……失礼します」
 謝罪の言葉を紡がないのは今できる唯一の抵抗だった。そのまま踵を返し退室するシュヴァーンに、やれやれ、とアレクセイがため息をつくが、それだけだった。

     ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇

 出会った時のことは、今でもよく覚えている。
 たまたま視察に出向いていた新興都市で起こった、結界魔導器の暴走。住民の避難が進むが、魔導器の周辺にいた何人もが濃度の増したエアルの渦中に取り残されていた。迂闊に近寄ればこちらも身動きが取れなくなってしまう上、魔導器の爆発の危険性もある。
 そうして判断を下し損ねている自分の脇を駆け抜けていったのは、一人の少女。何の躊躇もなくエアルの渦の中に飛び込むと、暴走を続ける魔導器へと向かう。
 だが辿りついたころには彼女もエアルに当てられていて、それでも尚すがりつくように魔導器の制御盤を開き、指を走らせ始めた。
 渦の外から避難を促すシュヴァーンだったが、
「あたしに構ってる暇があったら、あんたらはこの辺に転がってる人達を何とかしなさいよ!!」
 少女のもっともな正論に、やむなく部下達に命令を下した。そして自身も少女の傍に駆け寄っていく。
 わき目も振らず制御盤を指で叩き続ける少女は、てこでも動きそうにない。いや、実際は抱え上げればすぐに動かすこともできるだろうが、それを躊躇わせるほどの気迫を彼女は持っていた。
 しかし未だに濃度を増しつつあるエアルの中、影響を受けやすい成長途中にある少女の動きが鈍るまでにそう時間はかからなかった。もはや手を制御盤にかざすのも辛そうで、それでも彼女は操作を止めようとはしない。
 強い娘だと思った。今思えばその時から惚れていた――とまではいかないだろうが、何らかの感情は抱いていたのかもしれない。だから彼女が膝をつきそうになった時も、思わず抱きかかえて、彼女の代わりに制御盤を操作することを申し出たのかもしれない。
 結果、魔導器の暴走は沈静。避難時の喧騒やエアル酔いによる重傷者は出たものの、死者はゼロ。
 ただその後処理に追われる中、少女はいつの間にかその街から姿を消してしまっていた。結局互いの素性を知ったのはその一連のごたごたが終わってから、騎士団長に呼び出されていた彼女と城内で再会した時であった。そしていつしか、現在のような関係に至る、という訳である。

 聞いた話では自分と魔導器の世界にのみ閉じこもっていたという彼女が、自分への好意を見せてくれるのが本当は嬉しい。ひたむきに自分を追いかけてくれる一途さも、人に気持ちを伝えることに慣れていないことからくるそのぎこちなさも、本当はたまらなく愛おしい。
 だが彼女を手に入れてしまうには、自分は多くのものを失いすぎた。特に十年前の戦争では多くの大切な仲間を、上司を、部下を……そして最愛の人を失った。だから今まで、新たにそういう人間を作ることに極端に憶病になっていた。手に入れるということは、失う恐れを常に孕んでいるのだから。
 それでも実際は彼女をつき放すこともできず、表立って求めたりもしないが逃げ切りもしないというやり方に徹してしまっている。
 まったくもって卑怯な男だな、俺は。

     ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇

 人の気配が近づいてきて、物陰に身を隠した。久しぶりに袖を通した羽織の裾がのぞかぬよう注意しながら、様子を窺う。
 二人組の男が、何やら苛立った顔で廊下を歩いてきていた。そしてとある一室のドアを乱暴に開け、入って行き、また乱暴に閉める。
 あれから数日後、アレクセイから潜入捜査を命じられた。帝都の貴族街にあるとある空き屋敷に、兵装魔導器が運び込まれていたという情報が入ったのだ。おそらくどこぞのテロリストが国家転覆でも企んでいるのだろう。
 本来ならすぐに騎士団が立ち入り調査を行うところではあるが、舞台が評議会の人間が多く住む貴族街である上、捜査線上に浮かび上がった名前は評議会の重鎮。迂闊に踏み込んで証拠がみつからなければ、不祥事として騒ぎ立て騎士団の威信を徹底的に潰しに来るかもしれない。というか、それが目的の一つである可能性も否定はできない。そこで下った任務が、件の屋敷への潜入及び偵察。
(いやー、この任務出しといて正解だったわ大将)
 騎士の格好のままでは周辺を歩いているだけで警戒されかねないので、このような任務につくときはいつも髪を結い、服装も一八十度趣向を変えている。もう十年はやっているだろうか、口調に至っては口に出さないような思考中ですら変換されるようになってしまった。アレクセイには「三流の詐欺師のようだな」と言われたこともあるが、まあ否定はすまい。
(まさか暖炉の下に地下への階段があるなんてねぇ……下手に突入してたら空振り確定だったわな)
 発見の糸口は暖炉に続いていた足跡。何人分ものそれがあったとはいえこまめに隠滅されているらしく、騎士団が踏み荒らしてしまえば見つけることは出来なかっただろう。
 降りてみれば閑散とした上の屋敷とはまるで別世界。大量の武器に防具、そして先ほどのような柄の悪い連中。何かよからぬことを企んでいることはほぼ間違いない、が、評議会の重鎮ともあればこれだけの証拠ではいくらでも言い逃れることができる。もっと決定的な証拠を見つけねば。
 人の気配がしないことを確認し、先ほどの部屋の前を通って奥へと進もうとする――が、
「俺達が頼んだのは威力を増幅させる術式だ、なのにどうして機能が停止するんだ!?」
 そんな怒鳴り声が聞こえてきて、思わず足を止める。もしや兵装魔導器の話だろうか、ラッキー。
「頼んだんじゃなくて命令したんでしょ。第一、機能停止の術式も見極められないような素人が兵装魔導器なんか扱ってるんじゃないわよ。あたしを攫うくらいなら自分で勉強したら?」
 なるほど、魔導器の専門家をかっさらって兵装魔導器の強化までしようとしていたのか。報告報告っと。
(……ってちょっと待て、この声はまさか――)
 嫌な予感がして慎重にドアを開け、隙間から部屋の中を覗く。何もない部屋の奥には先ほどの男が二人、そして彼らが怒気を帯びた目で睨みつけているのは……見間違うはずもない、リタだ。いつも首に付けている武醒魔導器は取り上げられたのかそこにはなく、手も背中の後ろで縛られ、何の自己防衛手段もないはずなのに自身も大の男二人を睨み上げている。
「冗談はその辺にしとけよ、え? 天才魔導士さんよ」
「俺達に協力すれば命は助けてやると言ってんだ。それを拒否するってことはどういうことか分かってるんだろうな?」
 言っていることもやっていることも三流悪役のそれだが、そんな冗談めいた状況ではない。事実、男の片方は太いナイフを抜き、彼女の眼の前でちらつかせ始めた。
 自分の息が止まりそうになるのを感じる。上手く取り繕ってくれ頼むから。祈るような思いでリタに視線を送るが、彼女は強気な態度のまま、短く言ってのける。
「じゃあ好きにすれば」
 本当に息が止まったような気がした。冷たい汗が頬を伝い、心臓は狂ったかのように脈打っている。
「……てめっ、自分が何言ってるか分かってんのか!?」
 たじろいだ様子は隠しきれていないものの、男は脅すかのように口調を荒らげる。だがリタも、怯えるどころかより一層口調を強め、怒鳴り返す。

「あんた達なんかに協力するくらいなら死んだ方がましよ!!」

 十五の少女には似つかわしくない覚悟。
 だが、同じだ。出会った時も、これまでも、今も。自分がどんなに傷つこうとも、譲れないものを守ろうとする堅い意志。
 この期に及んでもなお、彼女はそれを貫き通そうとしている。

「このガキ……!!」
 遂に男がリタの胸ぐらをつかみ、ナイフを振り上げるのが見え――
「天誅うぅぅぅぅぅ!!」
 気がつくと、気合いと共に放ったとび蹴りで男をぶっ飛ばしていた。不意打ちは見事男の脳天を直撃し、壁に激突した男は動かなくなる。
「なっ!?」
 もう一人の方も、あっけにとられている間に小刀を握った手で鳩尾に一発くれてやるとあっけなく膝を折り、昏倒。
(……あー)
 目の前で伸びている男達を眺めながら、クールダウンしてくる頭がようやくやらかしてしまったことのリスクを計算し始める。
 潜入は秘密裏が絶対、だがこうなってしまっては秘密裏どころか騒ぎになるのも時間の問題だ。まだ肝心の兵装魔導器の確認もできていないというのに……いやそれ以前に無事に脱出できるのかこれ、さっき結構大きい声出しちゃったけど。
(……ま、しょうがないか)
 それでも、後悔はしていない。だって、こうしていなかったらきっと立ち直れないほどの罪悪感を抱えていただろうから。
 リタを振り向くと、きょとんとこちらを見上げてきている。良かった、怪我はないようだ。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」
 シュヴァーンとして話すのも何だか気が引けて、つい〝こちら″の口調で話しかけてしまった。まあ、不用意に他人に知られていいようなことでもないのでむしろ的確な判断だともいえるが。
「何してんの、シュヴァーン」
「………………」
 もうバレた。
「ひょっとして帝国に仇なす不穏分子の偵察、とか? 良かったの? こんな真似して……」
 更に目的までバレた。
「……相変わらず鋭いな」
「隊長首席がわざわざ変装してこんなところにいる理由なんて他にないでしょ」
「それもそうか」
 そう苦笑してから、彼女の手首を縛る縄を小刀で切ってやり、「それにしても」と続ける。
「随分と無茶をする……もう少しで死ぬところだったぞ?」
 咎めるような口調でそう言うと、流石のリタも少しばつが悪そうに顔を伏せる。
「だって……魔導器を悪用する奴の手伝いなんてしたくなかったから。それに、手伝ってたら人がたくさん死んでたかもしれないし」
「だからと言って自分の命をないがしろにするものではない。君はまだ子どもだ」
 聡明な少女が下した結論は、決して間違いではない。ただその結論を選ぶには、彼女はまだ幼すぎる。どんなに頭脳明晰でも、子どもは子ども。まだまだ人生を謳歌すべき年だ。

「……じゃあ、あいつらに加担して、人を殺して自分だけ生き延びて……あんたになんて顔すればいいのよ?」

 だが続く彼女の言葉に、脳を直接ぶん殴られたような衝撃を受ける。
「あんたが命かけて帝国守ってんのに、あたしがそれを壊すような真似したら……もう、あんたに会えないじゃない」
「……モルディオ君」
 そんなことまで考えていたのか、この少女は。生きるか死ぬかの選択肢の理由に自分が含まれているなんて、思ってもいなかった。
(罪な男……か)
 不意に、アレクセイに言われたことを思い出した。
 ……そうだな、そうなのかもしれない。もう少しで、この少女を殺してしまうところだったのだから。考えただけでも恐ろしい。ただでさえ失いたくないものを、自分のせいで失うのは……。

「それでも、俺が悲しむ」

 ゆっくりと告げた言葉に、リタの顔が上がる。その柔らかい髪に触れながら、シュヴァーンは続ける。

「どんな正当な理由があろうと、君に死なれたら俺は悲しむ。
 ……だからもう死んだ方がましなどと言うな。君が危ない時は、またこうやって助けに来る」

 触れた少女は、震えていた。目の下には薄く隈ができ、少し痩せたようにも見える。平然としているようでも、本当は恐怖を感じていないはずがなかった。
「……よく頑張ったな」
 抱きしめてやると、緊張していた細い身体が弛緩していくのが分かる。
「……来るのが遅いのよ、ばか」
 そう憎まれ口を叩きながらも羽織に顔を埋め嗚咽を上げ始めたリタを、シュヴァーンもより一層強く抱きしめた。

 確かに感じられる少女の体温に、息遣いに、思わずこちらの目頭も熱くなる。
 本当に恐怖を感じていたのは、自分の方だったのかもしれない。

     ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇

「――で、リタ・モルディオは見事無傷で脱出したものの、お前はその体たらくという訳だな」
 今しがたまで読んでいた報告書を机に置き、アレクセイは包帯やガーゼをあちこちに付けたシュヴァーンに目を向ける。
「医者には全治二週間と言われました」
「そんなことはどうでもいい。まったく……私が有事特権を発動させていなければ、連中に逃げられていたかも知れんのだぞ?」
「申し訳ありません」
「お前も死んでいたかもしれん」
「申し訳ありません」
 一方的な問答ではあるが、アレクセイの声からは怒りが感じられる訳でもなく、シュヴァーンの声からも反省が感じられる訳でもない。
 すると、不意にアレクセイからフッと笑いが漏れる。
「……何か?」
「いや、お前がこんな無茶をするのも久しぶりだなと思ってな」
 訝しげに尋ねると、どこか嬉しそうにアレクセイが答えてくる。
「昔は命令違反だろうが何だろうが自分の正しいと思うことを貫き通していたお前が……最近は任務に忠実なだけで、つまらん男になってしまったものだ」
「落ち着きが出てきたと言ってください」
 随分と勝手なことを言ってくれる。その無茶をするたびに雷を落としていたのはどこのどいつだ。
「その点、久々に面白いお前が見られたのはモルディオのおかげ、ということかもしれんな」
 そういえば、初めて出会った時も結構な無茶をしてしまった気がする。いずれも先に無茶をしていたのはリタの方であるが。
「……まあ、モルディオの機転で連中の兵装魔導器は止まり、彼女自身も命を繋いだ。そしてお前のおかげで、その優秀な頭脳も失わずに済んだ。あまり好きな言葉ではないが、結果オーライという奴だな」
 確かに、彼女が一度偽の術式を掴ませたことが功を奏した。魔導器の機能停止に関してはもちろんだが、最初から断っていればほぼ間違いなく彼女は殺されていただろうし、正しい術式を提供していてもそのまま生かされていたとは限らない。おそらく彼女のことだから、そこまで計算に入れていたのだろう。まったく賢い子だ。
 そこでふと脳裏に一つの疑問がよぎる。
「閣下、一つお聞きしたいのですが」
「何だ?」
「まさかとは思いますが、リタ・モルディオが捕えられていたことを知っていた……などということはありませんか?」
「………………。……知っていて、お前をこの任務に就かせたと思うか?」
 沈黙を挟んでから、アレクセイはその問いを否定した。
 おそらくその言葉に、嘘は含まれていない。この男は、任務に支障をきたす恐れのある私情が入ることを嫌う。それに、大義のためには何かを切り捨てることも厭わない。必要とあればシュヴァーンも、そして自分自身も切り捨てるだろう。そうやって、彼はこの国を守ってきた。
 ――それはつまり、リタも切り捨てられていたかもしれないということ。
 先ほどの意味深な沈黙は、おそらくそう言うことだろう。
「そうですか……安心しました」
「?」
「知っていて私を行かせたのなら、本当に軽蔑するところでしたから」
 二重の意味で。そう胸中で付け足すシュヴァーン。それを知ってか知らずか、アレクセイは他に何か感じるところがあったようで、
「……まるで嘘でも軽蔑したことがあるような言い方だな」
「そうですか? 他意はないのですが……。何か身に覚えがあるからそう聞こえるのでは?」
「これでも心は繊細なのでな、部下に嫌われてはいないかといつも気が気ではないのだ」
「今すぐ繊細という言葉を辞書で調べやがれこの鬼畜団長」
「何か言ったか?」
「いえ何も。それで、私の処分は?」
 アレクセイを見習って突っ込みを真っ向から否定し、すかさず話題を変える。
「……ふむ、そうだな――」
 彼は何か言いたげであったが、大人しく思考を始めたようだった。

     ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇

「何だ、来ていたのか」
 部屋に入ると、いつかのようにリタがソファに座っていた。ただあの時とは違い、その周りには本も何もない。まるで、シュヴァーンを待つことのみが目的であるかのように。
「あ……おかえり」
 その証拠に、彼を見ると同時に立ち上がり、少しだけ足早に歩み寄ってくる。
「体の方はもういいのか?」
 無傷で脱出したとはいえ、捕えられていた間の心身の疲労から若干の衰弱が見られた彼女は念のため医者に診てもらっていたはずだ。
 リタはシュヴァーンのすぐ前で止まると、こっくりとうなずく。
「そうか……良かった」
 そう言った彼の口から、自然と安堵の息が漏れる。だが一方のリタの方は、何故か不安げな顔。
「そ、それであんたの方は……」
「ん?」
「処分……どうだったの?」
 今回の騒動に関して責任でも感じているのだろう。一番怖い思いをしたのは自分なのに……攫われたことといい、賢すぎるというのも損なものだ。
「……安心したまえ、たった二週間の謹慎処分で済んだ。要は療養期間が無給になるだけだ」
「そう、なんだ……」
 どうやらリタの方も安心したようだった。ホッと息をつき、肩からも力を抜く。
(初めて見るな、こんな仕草……)
 思い起こしてみると、今まで見てきたのは頑なな彼女ばかりだった。その原因は八割がた自分だが、やはりこんな様子も新鮮さと相まって可愛らしい。
 いや、もちろん強情なところも可愛いぞ、うん。――ただ、もっと色んな彼女を見てみたいと思ってしまっただけだ。
(完全に惚れてるな、俺も……やっぱり)
 本当に……本当に今更だが――
(覚悟……決めるか)

「……少し、食事に付き合ってくれないか?」

「……は?」
 唐突な申し出に、リタが目を点にする。
「謹慎のおかげで外食も出来ないからしばらくは自炊だ。ただ、せっかく昼時に君がいるのだから君さえよければ一緒にと思ってな。
 ……味の保証は出来ないかもしれないが……」
 リタの反応、そして自分の誘い方に思わず苦笑を浮かべる。なんだこれ、へったくそ。
「……食べる」
 だがそんな誘いにも、リタは顔を赤らめ、ボソリとそう答えてくれた。
「よし、では何を作ろうか……」
 内心ではその答えと反応をまたもや可愛いと思いながらも、話を次に進める。
 自分の頭に入っている数少ないレシピと今あるはずの食材を思い出し――いや待てよ、やはりここは彼女の意見を聞かないと。
「リタは何が食べたい?」
「あ、あたしは別になん……で……も……?」
 答えようとしたリタの言葉が、急につっかえる。
「どうした?」
「今……何て言った?」
「いや、何が食べたいのかと聞いただけだが……」
「その前!」
 ……あ。
 あまりにも無意識すぎて自分でも気付かなかった。それでもそう呼んだことを思い出せるのは、やはり初めての呼び方だったからだろう。

「……リタ」

 短くも特別なその名を繰り返すと、元々赤くなっていた彼女の顔が更に赤くなった。そして、シュヴァーン自身も――
(まったく、いい年して……)
 心中でぼやいて見るが、顔面に感じる熱は冷めてくれそうにない。
 年甲斐もない自分をリタに見られることがいたたまれなくなって、苦し紛れに顔を背けた。だが彼女が服を掴んできて、その顔もすぐに向きを戻してしまう。

「……シュヴァーン」
「な、何だ?」
「……もっかい……」
「え?」
「もっかい……呼んで、名前」

 顔を赤らめたまま、リタはそう訴えてきた。
 そのすべてが愛らしくて、思わず彼女の手に自分の手を添え、もう片方は彼女の熱い頬に添える。

「リタ」

 呼応するかのように、少女の瞳が揺れる。
 それだけで済ませてしまうのも勿体ないような気がして、続く言葉を探す。だが、浮かんでくるのはたった一つの言葉――今まで言えなかった言葉だけ。
 ……そうだな。今日ぐらいはちゃんと言おう、自分から。

 そして一呼吸置いてから、彼はその言葉を紡いだ。

「――君が好きだ」














しかし閣下が好きすぎる。

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