リタっちはナチュラルに「シュヴァーン」と「おっさん」で呼び分けてます。
管理人の中では最初レイヴンを「おっさん」と呼んだからそのまま流用、後から出てきたシュヴァーンは混同を避けて……って感じです。
でも仮に鳥兄弟設定が公式になってもそうなる気がするのは管理人だけでしょうか?
では、続きで現パロですー。
Heartful Life ♯9:どうかよい夢を
食事が終わってから、おっさんはあたしをあの部屋の前まで連れて来た。
ちなみに通路を塞いでゴミやら何やらはさっぱり消え失せていて、廊下は再び玄関まで開通していた。
「じゃじゃーんっ♪」
時代遅れの効果音を口にしながら、おっさんがドアを開ける。部屋は、あたしのアパートの部屋と同じぐらいの広さ。
いつの間に運び込まれたのか、あるいは元々ここにあったものなのか、ハンガーラックや組み立て式のベッドまで置いてあった。前者には既に今朝洗面所に置きっぱなしにしていた服が掛けられている。あと、部屋の隅には小さな本棚があって――
「あ……」
掃除のとき廊下に積まれていた医学書が、その中にぎっしりと並べられていた。
「とりあえず、おっさん達が使ってた教科書と参考書は全部残しといたわ」
あたしが本棚をずっと見ていると、それを察したおっさんは真っ先にそう説明してからハンガーラックを指さし、続ける。
「あと、服は勝手に掛けさせてもらったわよ。紙袋にしまったままじゃ皺になっちまうからね。
ま、女の子の部屋にしてはまだまだ殺風景だから何かほしいモンあったら言ってちょうだい。そうだ、せっかくだからあのクマさん飾ってあげてよ」
一人で次から次へと言葉を紡いだ後、おっさんは部屋を後にする。
改めて部屋を見回してみると、ここもあれだけの物が詰め込まれていた形跡は一切なく、フローリングはピカピカしていてかなり入念に掃除されていることが分かった。
……丸1日かけて、わざわざあたしみたいなののためにあの2人はこの部屋をここまで片付けたんだ。
「……バカっぽい」
ぼそりと、あたしは吐き捨てる。
あたしがどんな人間かも知らないまま世話を焼いて、ここまできたらホントに馬鹿としか言いようがない。……まあ、きっと学は相当なものなんだけど。
「何か言ったぁ~?」
部屋の入り口から、また能天気な声。
振り向くと、クマのぬいぐるみとあたしが夕食の前まで読んでいた本を抱えて、おっさんが戻って来ていた。
「何でもないわ、ただの独り言」
一瞬だけドキッとしたけど、あたしの言葉を把握しているようではなかったからすぐに冷静を取り戻しておっさんに向く。
それから手を伸ばして、おっさんからぬいぐるみを受け取り、本も――
「おっと」
しかしおっさんは差し出していた本を、あたしの手が届く寸前に頭の上へ掲げた。
「……何よ」
あたしが睨み上げると、おっさんは本の背表紙で自分の肩をトントンと叩きながらあたしの抗議の視線を真っ向から受け止める。
「もうお風呂準備できてるから、先に入っちゃいな。読書はその後」
それは、すぐにでも読書に戻ろうとしていたあたしの出端をくじく言葉。あたしが読書に没頭するのを予見してのことだろう。
「分かった?」
首を傾けて、おっさんが確認してくる。
その言いなりになるのはすごく癪で、あたしは否定の念を視線に込めながらおっさんを睨み続けた。そしておっさんも、ヘラリとした表情のままそんなあたしを見据え返す。
「……分かったわよ」
小さくため息をついて、折れたのはあたしの方。
おっさんのお節介を受け入れた訳じゃない。このまま無益な睨みあいを続けるよりは、さっさとお風呂に入って読書に戻った方が早いと判断したからだ。
「そ。じゃごゆっくり」
するとおっさんはニコリと笑ってさっきの本をあたしにもう一度差し出してくる。
今度こそ手に取ったそれをクマと一緒にベッドの上に置き、無言でおっさんの脇をすり抜けてお風呂に向かった。
(……ムカつく)
湯船につかりながら、あたしはもう何度目にもなるその言葉を頭の中で繰り返していた。
昨日一昨日とペースを狂わされ、今日になってようやく取り戻しつつあるそれを今度は読まれてしまっている。読まれにくい行動パターンだとは決して言えないことは自分でも分かってるけど、いかにもお見通しって感じの対応が気に食わない。
一人でいる時は、こんなことなかったのに……。
それは、家だけじゃない。学校でもそうだ。
ずっと自分だけで世界を展開していたあたしのことなんて、誰も知ろうとしなかった。理解しようとしなかった。当然あたしも、他人のことなんかに興味なかったし理解されようとも思ってなかったからその状況を何の苦痛にも感じていなかった。
(だって、あたしには必要ないもの)
顔半分を湯に沈めた。そのまま息を吐けば、ぶくぶくと大きな泡が水面に浮かんでは弾ける。
その音とこの3日間で2人が口にした言葉とが、あたしの頭の中に響いていた。
――ほっとける訳ない、助けたい、心配してる――
そう、だからこんな言葉も周りから言われるはずがなくて……。
どうして、煩わしく思っているはずなのにこんなにココロに残ってるんだろう。初めて言われたことだから? それとも、あまりにもウザった過ぎて忘れられないだけ?
(……バカっぽい)
もう一度胸中で呟いた言葉は、今度はうだうだと下らないことを考えるあたし自身に向けてのものだった。
(やっぱり、あいつらに調子狂わされてるだけよ)
コンコン――
「リタっちー」
ノックを2回、そして呼びかけ。中からの返事はない。
だが、閉めそこなったのか何なのかは定かじゃないものの、完全には閉まり切っていなかったドアの隙間からは明かりがもれて来ていた。
……また読書か、あるいは……。
「……開けるわよー」
年頃の女の子の部屋を覗くという行為に多少の背徳感(一応俺でもそれくらいは持ってる)はあったものの、時刻はもう日付が変わって2時間弱。年頃の女の子の部屋の電気がついているべき時間じゃない。
そっと扉を開けると、ベッドに横たわった状態で本を開いているリタっち。
でもその左頬は完全に本の紙面に密着していて、かすかな寝息も聞こえてきた。
(よし、作戦成功っと)
人間は、適温のお風呂に入れば副交感神経が活発になって眠くなる。昼の様子からして、この娘は夜を徹して読書をしかねないと思ったから早めにお風呂に入ってもらった訳だけど、効果は抜群ね。ちなみにこれに該当する神経系に関するの本はこの部屋には残してないから、リタっちにバレるのももう少し時間がかかるはず。
……意地悪じゃないのよ? あくまでこれは健康管理。うん。
リタっちが起きないように、慎重に本を彼女の腕の下から抜き去る。それからその本を閉じて、ベッドの下に置く。
ふと横を向けば、可愛らしい寝顔。この家に来た時から、この娘が安らいだ顔をするのは寝てるときだけ――残りは、無表情だったり、仏頂面だったり、たまーにキョトンとしてたり……泣いてたのは、本人が忘れたいだろうからまあノーカウントで。
そりゃまあ、俺たちみたいなのと同居じゃ心休まる暇もないかもしんないけどね。でも、この娘はきっと単なる警戒心だけじゃない複雑な何かを抱いてる……それが何なのかは想像することしかできないけど。
(……っと、危ない危ない)
このままリタっちの寝顔をボーっと眺めてたら不審者になっちまう。
我に帰って立ち上がろうとした俺の目に、しかし今度は枕元に置かれたあのぬいぐるみが映る。
リタっちが意図的に置いたのか、白いクマは壁とベッドの枠にもたれかかった状態でまるでリタっちを見守るように座っている。
見つけて見惚れてたことと言い、やっぱり女の子らしいところもあるじゃない、そんなことを考えながらその頭に手を乗せる。
「リタっちのこと、よろしくね……」
まったく、35のおっさんが何やってんだか。リタっちが見たら絶対キモいって言ってくるわ……あと兄貴も。
思わず自嘲の笑みを浮かべつつも、今度こそ身を翻して入り口の傍にある電気のスイッチに手を伸ばす。
「おやすみ、リタっち」
せめて夢の中では笑顔でいられたらいいわね、なんて思いながら、俺は電気を消して部屋を後にした。
さぁ~て、俺も寝ますか。
「あ~にき~♪」
真夜中、年齢と性別を考えてほしいような弾んだ声で、弟が部屋に入ってきた。
書きかけの論文が表示されているパソコンの画面から目を外し、部屋の入り口を見ると、レイヴンは枕と布団を抱えている。
「………………」
「……あの、兄貴。無言のまま不審者見るような目で見ないでくれる?」
「そうか。じゃあ何の用だ、この不審者」
「いや、口に出せばいいって話でもなくて……」
力なく言い返しながらも、レイヴンは部屋の中へと歩を進めてくる。
「今日のお掃除で出たゴミのせいで、今俺の部屋人が寝られる状態じゃないの。明日ゴミの日だから、今日だけここで寝させてよ」
まあ予想のついていた用事ではあるが、俺の眉間に自然としわが寄る。
「お前が日ごろから物を処分しないせいだろう。自業自得だ」
今日の掃除で出たゴミや物は、その持ち主の部屋で処理・保管することになっている。基本的に自分の本棚に入りきらなくなった本をあの部屋に置いていた俺とは違い、こいつは邪魔になったものを何でもかんでもあの部屋に置いていたので溜まりに溜まった不要物が一気に部屋に戻ってきたのだ。
「ぶー。そんなこと言ったって、兄貴の分はリタっちが引き取ってくれてるようなもんでしょうが」
頬を膨らませながら(正直俺と同じ顔でそういうことをするのはやめてほしい)レイヴンがいう通り、あの部屋にあった俺の私物の大半は掃除の後も同じ部屋に留まっている。そのせいもあって、俺の部屋は部屋の隅にゴミ袋が2つと本棚の傍に本が3山積まれているだけで生活に大きな支障は出ていない。
はあ、と溜息を吐いて論文のデータを保存しパソコンを終了させる。
「あれ? まだ終わってなかったんでないの?」
「お前の睡眠を阻害して明日の勤務でミスでもされたらいい迷惑だ」
そう言ってパソコンを閉じ、俺はそそくさとベッドに潜り込む。分かりやすい許可の表示に、愚弟は調子に乗ったようで、
「あ、兄貴、せっかくだから添い寝――」
「明日の朝の卵焼きにはお前の分だけ砂糖を入れようと思っているんだが、カップ1杯でいいか?」
「……塩一つまみがいいです……」
まだ笑えない冗談を言おうとしているところを更に笑えない冗談で黙らせる。ブツブツと文句が聞こえてきたが、無視しておいた。
持ってきた布団を絨毯の上に敷いてから、レイヴンが部屋の電気を消す。続いてごそごそと布団に潜り込む音が聞こえ、俺は先ほどまでの論文の構成を脳内で見直しながら目を閉じた。
「……なぁ、兄貴」
だがそれも、レイヴンが話しかけてきてすぐに中断する。
「リタっちはひょっとして……ずっと1人だったんかね……」
弟が紡いだその言葉は、俺も考えていたことだった。
本当は、お互い初めて会った時から感じていたことなのだろう。それが、昨日今日と彼女を見てきてだんだんと確信に変わっていった。
食卓で話している俺達を物珍しそうに見ていたり、会話をしていてもなかなか目を合わせなかったり、そして今日の夕食の時の話――
「俺達は、少しでも助けになれるのかな……」
だって、俺達は……――
――俺達は、いつでも2人だったから……――
生まれてから、俺達はずっと一緒だった。小学校から大学院まで。今の職場は分かれてはいるもののこの上なく近いことは確かであり、またこうして同居もしている。
だから俺達は、本当の孤独というものを知らない。
「いつになく弱気だな。なら、やはり今からでも警察に保護してもらうか?」
「だ、誰もそこまで言ってないっしょ!」
暗がりの中、がばっと跳ね起きたレイヴンがこちらを睨みつけてくる。目を向けたところで残念ながらシルエットしか見られないが。
「お前は、自分が経験した病気しか治せないのか?」
ぴたりと動きを止める弟。
しばしの静寂が流れ、俺もレイヴンのシルエットを見据えたままそれ以上の言葉を紡ぎはしない。
ばふっ
やがて、レイヴンのシルエットが大きく傾き布団へと戻った。
「敵わんね、兄貴には……」
くつくつと喉を鳴らしてレイヴンは笑っていた。どうやら、俺が考えていたこいつの悩みは正解だったらしい。
「まさか、あの娘のことで俺の方が諭されるなんてねぇ……」
「悔しかったら馬鹿な弱音を吐くな、愚弟が」
そして俺はいつもの皮肉へと口調を戻し、今度こそ目を閉じた。
「……そうよね、本当に辛いのは俺じゃないもんね」
弟がぼそりと呟いた言葉に、俺は何も答えないでおいた。
今更ですが、シュ(ryと分離した分おっさんがすっごい甘い人間になってますね(笑)。
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