※注意
・PTイン。
・何かもうアレレイでいいや。
・多分「記憶の彼方の言の葉と」と同じパラレル世界。
ではどうぞ。
断罪の日
目の前で身を躍らせる真紅に、集中を削がれてしまっているのをパティは感じていた。しかし、それを表に出さないように銃を握り直し、側方から迫って来ようとしていた魔物を撃ち抜く。
(今は忘れろ……忘れるのじゃ……!)
自分に言い聞かせながら、少女は仲間の仇である男を意識の外に追いやろうとひたすら銃を撃ち続ける。魔物に囲まれたこの状況では、僅かな隙でも命取りになりかねない。
「っ、パティ!」
だが、その無理な集中が大きな隙を生んでしまった。
切羽詰まったユーリの声に首を回せば、背後からウルフが飛びかかってきている。しかし、そのまま振り向きざまに銃を構え引き金を引けば、充分間に合う距離だった。
すぐに身を捻り、銃口を魔物に向ける。そして破裂音が響くのと、あの真紅が視界に滑り込んできたのは、ほぼ同時。
真紅の向こうで、また別の赤――魔物の血が飛び散っているのが見えた。
「……無事か」
肩越しに振り向いた彼の紅い双眸が、自分を見つめている。
「……おまえごときに、心配などされたくない」
「そうか」
震える拳を握りしめ唸り声のような声音で応えると、彼はすぐに首を戻して残りの魔物達を一掃すべく地を蹴った。
その左手から、血を滴らせながら――
「出来たぞ! うち特製の海鮮鍋じゃ!」
一行が囲っている焚き火とは別の料理用の焚き火から、湯気の立つ鍋を抱えてパティがやってくる。
「おおっ、いい匂いねパティちゃん」
「当たり前じゃ、磯の香り丸ごと閉じ込めておるからの!」
海鮮好き同士、レイヴンと盛り上がりながら鍋を人数分の器に注ぎ分け、一人ひとりに手渡していく。
「ほい、ユーリ♪」
「お、おう……あんがとな」
明らかに大盛りの器をユーリに手渡してから、パティは最後の器を手に取った。
「……ほれ」
そして具を注ぎ、あからさまに態度を変えてアレクセイにそれを突き出す。彼が仲間に加わってからもう1ヵ月近くが経とうというところでも変わらぬ剣呑な空気に、ある者は顔を曇らせ、ある者は苦笑する。
「ああ、頂こう」
だが当のアレクセイは気にしていないようで、パティが突き出した器を手に取った。
「そ、それじゃあ、みんな食べましょうか!」
気を取り直そうとエステルが努めて明るく言って手を合わせると、他の面々もそれに倣う。
『いただきます』
「ワフゥ」
ラピードも交えて食前の挨拶を行い、各々が具を口に運んだり汁を啜る……と、突然パティの手が動いた。
突如響いた銃声に、何人かが器を落とす。
「おまえ……!!」
煙を上げている銃口は、アレクセイを向いていた。彼の左手は器を持った形のままだが、そこには何も乗っていない。
そして、やや遅れて何かが地面を転がる音。
彼の後方で穴の空いた器が転がり、湯気を上げる海鮮鍋が地面にぶちまけられていた。
「………………」
驚いた様子もなく手を下ろし、アレクセイは黙り込んだまま無表情でパティを見つめている。
「え……? なになに?」
先程以上の剣呑な空気の中、事情を飲み込めない者を代表したようにカロルが2人の顔を交互に見つめる。しかし周囲の動揺をよそに、2人は正面から睨みあったまま口を開くことはない。
「――……っ!」
しばらくして、突如パティが身を翻し、野営地のすぐ傍にある林の方へと駆け出して行く。
「パティ!」
「待ちたまえ」
慌てて後を追おうとしたフレンを言葉で制したのはアレクセイだった。
「私と彼女の問題だ、私が追う」
全員が注目する中、溜息をひとつ吐いてから彼はゆっくりと立ち上がった。
「ラピード、それを食べるのは止めておいた方がいいぞ」
食器が転がっている後方を振り向き、地面に零れた海鮮鍋の匂いを嗅いでいるラピードに忠告しながら彼はパティが消えて行った林の方へと歩き始めた。
「ちゃんと戻ってきてよね」
「……悪いが後始末を頼む」
彼が目の前に差し掛かったところで、終始平静を保ち今も海鮮鍋を啜っているレイヴンが低い声で話しかける。だがアレクセイはその言葉に答えることなく、林の中へと入って行った。
野営地の明かりが届かなくなってからしばらく経ち、ようやくパティは立ち止まった。肩を上下させながら、顎まで伝った汗を拭う。
(あやつ、ふざけおって……)
何もかもが苛立たしい、彼が傍にいると調子が狂いっぱなしだ。拳を握りしめ、未だ収まりそうにない怒りに自然と身を震わせる。
「アイフリード」
その時、背後で茂みをかき分ける音と、かつての自分の名を呼ぶ声がした。
「っ!!」
反射的に銃を抜き、声の主へと銃口を向ける。
そこに立っていたのは、他ならぬアレクセイ。銃口を向けられてもやはり相変わらずの無表情で、パティが振り向いた時点でそれ以上距離を詰めようとはしていない。
ギリ、と噛みしめた奥歯が音を立てる。
「おまえ、毒に気付いて食べようとしておったな……!」
夕食時、アレクセイの食器には運が悪ければ命を落としかねない量の毒を仕込んでいた。実際にそれを食べようと言うところで様子を窺ってみると、アレクセイは確かに口をつける直前、ぴたりと動きを止めて食器を眺めていたのだ。
それからどうするかと思っていれば、彼はそのまま動作を再開し、器を口に運び始めた――瞬間、その器を撃ち抜いた次第である。
「さっきだけではない、昼の戦闘の時もそうじゃ! わざわざうちと魔物の間に入り込みおって……しかもうちが撃った左肩の手当てもまともしておらんのじゃろう……!!」
あの戦闘の後、服が紅いこともありパティ以外の誰にも気づかれなかったのをいいことに、彼は腕の傷について誰にも告げず自分で止血をしただけだった。
「何故じゃ……何故お前は――」
「何故踏み留まる、アイフリード」
しかしアレクセイはパティの言葉を遮って、逆に彼女に問いかけた。
「貴殿が私を殺したいほど恨んでいることは知っているし、理解もしている。だから何度も私を殺せる機会を作り、それ以外でも拒むつもりもなかった。
だが、実際に踏み留まっているのは貴殿の方ではないか」
「黙れ!!」
彼の言葉に、思わずパティは怒声を上げる。
「あまりうちの神経を逆なでするでない! 本当に撃ち殺すぞ!!」
「望むところだ、貴殿にはその権利がある」
対してアレクセイは静かに言い放つと、再度パティに向かって歩き始めた。
「っ! 来るな!!」
銃を向けたままパティが牽制しようとしても、彼は歩みを止めようとはしない。
引き金にかけた人差し指に力を入れたり抜いたりしながら、しかしパティがついに発砲することはなかった。
「ここだ、アイフリード。しっかり狙え」
やがてアレクセイが目前までやってきてその場に膝をついたかと思うと、パティが構えていた銃身を握り、銃口を自分の胸へと押し当てた。
感情を表情に乗せぬまま、紅眼が正面から自分を捕える。かつての強い眼光を宿さなくなった双眸からはしかし、目を背けることが出来なかった。
今右手で引き金を引けば、この男は確実に死ぬ。自分達を騙し、多くの一般人とかけがえのない仲間達を死に至らしめ、腹心の部下を異形のモノへと変貌させたこの男を、この手で葬ることが出来る。
(何を気圧されておる……こやつには当然の報いじゃ……!)
意を決して、引き金にかけた人差し指に力を入れる。その時、アレクセイの瞳が右方へと動いた。
刹那、銃身を握っていた彼の左手がパティを抱き寄せ、左に倒れこむ。その拍子に引き金を引いてしまったが弾は仇敵の身体を貫くことはなく、彼の脇を掠めるだけに終わる。
「風牙!」
大部分が紅によって支配されたパティの視界の端で、何かが閃いた。同時に風の唸る音と、何人かの男の苦鳴。
傾いたアレクセイの身体から顔を上げて見ると、その右方から背後にかけて赤い光が瞬いていた。この光には見覚えがある――海凶の爪の暗視スコープだ。
複数の人間が地面に倒れ込む音で、アレクセイが先ほどの一撃で彼らを薙ぎ払ったことを悟る。あの一瞬の内に抜いたのか、彼の右手には剣が握られていた。
「光竜槍!」
だが、刺客はこれだけではなかったのだろう。アレクセイは身体の傾きを大きくしながら、頭上に向かって再度技を放つ。
またしても苦鳴が聞こえ、木の上から彼に襲いかかろうとしていた赤目達がそのまま地面へと落ちる。
一方、もはや持ち直せない程傾いたアレクセイの身体は左方向への傾倒を始める。このまま倒れるだけならばさして問題はないが、そちらは崖とはいかないまでも急斜面となり、下方には黒々とした闇が広がっていた。滑落すれば擦り傷だけでは済まないだろう。
「ちィ……っ!」
舌打ちしたアレクセイが剣を放り、パティの肩を両手で掴んで今度は引き離した。膝をついていた彼と違いずっと直立した状態だったパティは大きくよろけながらも2、3歩後ずさって体勢を立て直す。
両手を突き出した形のまま、斜面へと倒れて行くアレクセイと目が合う。先程の舌打ちが嘘だったかのように、顔からはまた表情が消えていた……が、彼女と視線を合わせた瞬間目を細め、口の肩端を上げて、自嘲的な笑みを浮かべる。
「……っのアホ……!!」
それを視認するや否や、パティは衝動的に毒づき彼の右手を両手で掴んだ。
驚愕の表情を浮かべるアレクセイなどお構いなしに、彼の身体の滑落を防ぐべくその場に両足で踏ん張る。しかし、アレクセイとの体重差と重力にすぐに競り負け、1秒ともたずに身体が宙に投げ出される。
アレクセイの腕が曲がり、再び彼に引き寄せられたかと思えば、次の瞬間にはもう2人とも急斜面を転がり落ち始めていた。
その最中でもアレクセイはパティの頭を自分の片腕で覆い、もう片方の腕で彼女の体を抱き締めて身体を丸めながら、彼女の身体と岩肌の覗く地面との接触を極力防いでいる。
「う……っつぅ~」
数秒転がり落ちたところでようやく転落が止まり、パティはアレクセイの上に乗る形になっていた。
「……愚か者……」
大きな衝撃はなかったもののすぐには身体を動かせないパティの頭上で、アレクセイが呟く声がする。
「何故、助けようとした」
パティに回されていた腕が地面に落ちる。
「……助けられたままお前に死なれるのは気に食わん」
顔を上げられないままそう答えれば、何が可笑しいのかアレクセイからは笑い声が漏れる。
「ふ、ふっ、助けるも何も、あれは私を狙ってきた連中だ……あのままでは私諸共串刺しにされていたとはいえ、貴殿はただ巻き込まれたにすぎん」
「うっさいの! 黙っておれ!!」
彼の言動、そして自分でも理解できない行動に腹が立ち、パティは跳ねるように身を起こした。すると、今度はアレクセイから呻き声が漏れる。
「……おまえ……」
はっとして眼下となった彼を見れば、傷一つない自分とは違ってあちこちにあざや擦り傷が出来ていた。頭部や口からも流血が見られ、肋骨でも折れたのか息をするだけでも僅かに眉を寄せている。昼間の傷も開いたのだろう、たまたま左肩に乗せていた手に温かいものを感じ、それが血だと分かるのにさして時間はかからなかった。
慌ててアレクセイの上から降りると、彼は大きく息を吐き、上体を起こして近くの木の幹に背を預ける。そして視界が霞むのか目を開いたり細めたりしながらも、立ちつくしたままのパティを見据えた。
「どうやらそちらは無事のようだな。……連中が追ってこないとも限らん、私にとどめを刺す気がないのならまた巻き込まれる前にここから離れたまえ。高低差があるとはいえまだ野営地まで帰れる距離だろう」
言いながら彼は懐に手を入れ、取り出した小瓶を2つ、差し出してくる。
「ホーリィボトルだ。この辺りの魔物ならそう強くはないだろうが、念のため持って行くといい」
「………………」
だがパティは差し出されたそれを見つめたまま黙し、受け取ろうとはしない。
「……アイフリード?」
「おまえは、死にたいのか?」
不思議そうに名前を呼んでくるアレクセイに対して、そう問い返す。
「うちだけ逃がして、このまま独りで死ぬつもりか。
わざとうちに殺されようとしたり、勝手にのたれ死のうとしたり、おまえはそんなに死にたいのか……?」
「だとしたら貴殿に何の支障がある。私のことが憎いのだろう、殺したいほどに。
私とて自分が貴殿らに行ったことは許されるべきではないことと自覚している。姫様の誘拐に能力の私的利用、災厄の復活、他の罪と併せれば死こそ然るべき報いだ」
「違う! おまえはただ逃げたいだけじゃ!!」
パティが、遂に声を荒らげた。
「おまえはただ、自分のしでかしたことの罪悪感から逃げたいだけじゃ!
それならば、一生背負って苦しみ抜け! うちはおまえの逃げなどに協力せん!!」
それを聞いたアレクセイはぼんやりとパティの顔を眺めていたが、やがて傷の痛みの為か力ない笑みを浮かべる。
「……ふ、そうか。ならば自分で首でも吊る他あるまいな。
まあどちらにせよ、この状況では貴殿1人で私をどうこうは出来んだろう。他人の心配をする前に自分の身を案じてはどうだ?」
彼の返答に、パティは歯を食いしばる。その様子を見ている内に、アレクセイは意識がだんだんと遠のいていくのを感じていた、苦痛が許容範囲を超え始めているのだろう。
「……すまなかった、な」
この後、自分が再び目を覚ます保証はない。ふと、彼女に対して正面から謝罪していなかったことに気付き、アレクセイは短く、それだけ呟いた。
「っ!!」
パティはそれがまた気に障ったようで、すぐにうつむくとアレクセイが差し出していたホーリィボトルをひっつかんだ。それと同時に、保つ必要がなくなった力と意識がアレクセイから急激に抜けて行く。
地面に落ちた腕は、もう指先すら動かない。ザウデの時に似ているな、などと考えながらまたひとつ大きく息を吐いて、アレクセイは引きずられるまま意識を闇の底へと沈めていった。
不意に、自分が何か柔らかいものに包まれている感覚を覚えた。
まさか死後に意識があるのか……だが地獄というにはかなりフワフワと……。
ぼんやりと頭の中で考えながら、ゆっくりと瞼を上げていく。
視線の先にあるのは木製の天井――いや、ベッドの裏側か。2段ベッドの下のベッドに、彼は寝かされていた。同時にここが、フィエルティア号の船室であると察知する。
姫君の治癒術によって傷は癒えたようだが、まだ鈍い痛みと強い眠気が残っていて身体を起こすことはできそうにない。どうやら熱もありそうだ。
「お、大将お目覚め?」
視界の端でもぞりと動いたものに視線を向けると、ベッドの横の椅子に座ったレイヴンがこちらを覗きこんできていた。
「……また死に損ねたか」
「目覚めて早々こっちまでテンション下がること言わないでくれる?」
何の感慨もなくアレクセイが口にした言葉にレイヴンが顔をしかめてみせるが、彼は何も答えない。その代わりに首を回すと、レイヴンに向き直り尋ねる。
「アイ――フルールはどうした」
「軽い擦り傷はあったけど無事よ。まったく、海の女に1人で山歩きさせるなんて無粋にも程があるわよ、大将」
「……そうだな」
口の端を上げて頷き正面へと視線を戻す彼に、レイヴンはため息をひとつ吐いてから語り始める。
「まったく……パティちゃんってば大将と転がり落ちる最中に銃落としちゃったらしくて、ナイフ1本で魔物倒しながら戻ってきたのよ? まあ、俺達も銃声1発聞いてたからそっちに向かってはいたんだけど」
「そうか……む?」
彼の話に相槌を打ちかけて、アレクセイはふと考え込む。
「待てレイヴン、彼女にはホーリィボトルを渡していた筈だが?」
尋ねてみるとレイヴンはニヤリと笑って答える。
「2本とも気絶した大将にぶっかけて来てたわよ」
「………………」
呆然と、アレクセイは言葉を失った。
――やがて、短く息を漏らすと自嘲の笑みを浮かべて
「そうまでして、わたしの逃げ道を塞ぐか……やはり、人の恨みなど買うものではないな。……死にすら逃げられん」
「はいっどーん!」
「っぐふぉ!?」
話していると突然レイヴンから喉元にチョップをかまされ、思わず間抜けな声が出る。
「そーやって自虐ばっかしてっからいざって時に死なせてもらえねーの。ちったあ勉強したらどうよ」
「げほっ……どちらにせよ、君も死なせてくれそうにはないな……」
「まーねー♪ ま、それはそれとして――」
重い内容の呟きに軽々しく答えてから、レイヴンは目を細める。
「パティちゃんは強い娘よ、大将が思ってる以上にね。
最初会った時は悪名高きアイフリードの孫って名乗るだけで、方々から白い目で見られてたのに……それでも、アイフリードの手がかりを探すことを止めようとはしなかった。
ブラックホープ号のことを思い出した時も、自分のことを思い出した時も、真実は俺達だけが知ってくれていればいいって……そう言ってくれたんよ」
「何もかも私のせいだがな」
「そりゃま、そうだけどね」
張り合いのない返答に、はあぁ、とわざとらしくため息をついてみせる。
尚も自分の罪に囚われたまま、他人からの生やさしい励ましなど彼には通用しないのは分かっていたが、こうも頑なだともはやいじけているようにしか見えない。……自分も彼のことは言えない筈だが。
「……レイヴン」
「ん?」
しばしの沈黙を挟んでから、アレクセイが口を開く。
「私には、分からないのだ。どうすれば彼女に詫びることが出来るのか……彼女が、私への憎しみから解き放たれるのか……」
弱々しく紡がれたその言葉に、レイヴンは少なからず驚愕した。騎士団長として、そして今のように凛々の明星の一行に加わってからでさえも、彼は常に人に弱みを見せることはなかったように思う。
「……そんで、手っ取り早く殺されちゃおうとか思ってた訳?」
「わたしが彼女にした仕打ちを考えてみれば、本来なら死を以て贖う罪だ。だが、それも彼女自身に否定されてしまった。死んで逃げるなど許さん、とな」
断罪の銃弾は自分の心臓を貫くことなく、むしろこの世に繋ぎ止めた。挙句の果てには真に死を望んでいたのは他ならぬ自分自身であったことまで見抜かれてしまった。
「だがこのままでは、彼女の方も苦しむだけだろう。やはり、ヨーデル殿下の命とはいえ私はこれ以上君達とは――」
「大将」
一線から身を引こうとするアレクセイを、レイヴンが制する。
「分かんないなら2人で考えりゃいいのよ。殺されたいだの何だの、そうやって一方的に償おうと思ってるからパティちゃんも怒ってるんでしょ」
苦笑を浮かべ、肩をすくめながらも、レイヴンはじっとアレクセイを見据えて言った。呆れているようにも、心配してくれているようにも見えるが、ひょっとしたら本当は彼も相当怒っているのかもしれない。
思わず、10年前の彼を思い出した。同時に、ああなるほど自分に腹が立つ訳だ、と1人納得する。
「……君は、変わったな」
「人間、変わろうと思えば変われるもんよ。大将だってね」
ウインクをしたレイヴンにそう返され、アレクセイは苦笑した。やはりこの男も、なかなか手厳しい。
「そうであればいいな……心がけよう。
……悪いが私はもうひと眠りさせてもらう。君と話していると疲れた」
「酷っ」
まだ活力が回復しないまま長々と話していたせいだろうか、覚醒時から感じていた眠気が強くなり、あっという間に瞼を重くしていく。
「次に起きたら話がしたいと……フルールに、伝えてくれ……」
それだけ呟くとアレクセイはその重みに従って目を閉じ、レイヴンの返事も聞かぬまま眠りの底へと落ちていった。
「……しゃべりすぎじゃぞ、おっさん」
また規則的な呼吸をし始めたアレクセイの隣、椅子に座ったレイヴンに隠れるようにしてしゃがみこんでいたパティが恨めしそうに口を開いた。
「まあまあそんなこと言わずに。嫌なら出てくれば良かったじゃない」
「隠れた手前ノコノコと出て行ってもカッコ悪いではないか」
本当はアレクセイが目覚める直前、彼についていたのはレイヴンではなくパティの方だった。それが、丁度レイヴンが部屋に様子を見に来た時にアレクセイが目を覚まし、何故かテンパったパティがレイヴンの後ろに隠れてしまったのだ。
口を尖らせてぶちぶちとぼやくパティの頭に手を乗せ、レイヴンはもう1度「まあまあ」と彼女をなだめる。
「……なあ、おっさん。うちは、例えこやつが死んでも、こやつがどんな過去を背負っておっても、許すつもりはない。でも、こやつが死ねば少しはスッキリすると思っておった」
当のパティは眠りに落ちたアレクセイの顔を睨みつけ、小さな拳を握りしめていた。
「じゃが実際は、平気で死のうとするこやつにイライラするばかりじゃった。こやつのせいで死んだうちの仲間は皆、生きたいと思いながら死んでいったというのに……!」
すっかり白くなってしまった拳が震えている、虚しい怒りを押えこみながら、パティはレイヴンを見た。
「どうすればいいのか分からんのは、うちも同じじゃ……」
そう言った彼女は、怒りと困惑が混ざったような、途方に暮れたような複雑な顔をしていた。アレクセイの言った通り、彼が近すぎることでこの少女が随分と苦心しているのは明白だった。
「んじゃやっぱり、大将が次に目覚ました時に面と向かって話しあってみるしかないんじゃない?」
「……そうじゃの」
提案が意外にもあっさりと肯定されたことにまた少々驚きながらも、レイヴンは微笑んで彼女の頭を撫でる。
「言っておくが、おっさんに免じてじゃからの」
慌てたように付け加えられた言葉に更に頬をほころばせながら、彼は「ありがとね」と呟いた。
とりあえずは一歩前進。いつか、暗い過去を共有するこの2人が互いに納得できるような答えが出せればいいと、そんなことを考えながらレイヴンはアレクセイとパティの顔を交互に見つめた。
貴殿って基本男性向けだけど(爆)。
そしてアレパティに突入すればいいと思うよ。
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