そして何となくイエガーがらみ。
結局レイリタだがな!!
許された望みは1つだけ
奴も、俺と同じだった。
あの戦争で命を落とし、贋物の心臓を与えられて蘇り、道化として大将に利用されていた。
そして――飄々と生きているように見えて……死を望んでいた。
「――っさん! おっさん!!」
呼ばれていることに気付き、顔をあげると、仲間たちがこちらを振り返っていた。
ザウデ不落宮――
謀反を起こした騎士団長アレクセイを追って乗り込んだこの古代文明の遺産の深部を、一行は進んでいた。
途中、思わぬ妨害が入ったがそれも退け、いよいよアレクセイがいると思われる最深部も近い。
「へ? あ、何何?」
慌てて尋ねると、ユーリが溜息混じりに返答してくる。
「ここら辺で休憩するぞ。
ったく、珍しく静かだと思ったら今度は心ここにあらずってか?」
「ひょっとして、さっきの戦いで心臓の調子悪くなったの?」
「そういえば秘奥義使ってましたよね、大丈夫です?」
皮肉屋の青年とは正反対に、心配そうな顔をしてそう問うてくれるのはカロルとエステルだ。
「い、いやぁ~ごめんごめん。ちょっと考え事してただけ。
心臓もヘーキだから、全っ然大丈夫よ!」
苦笑しながらへらへらと謝るレイヴン。
「…………」
そんな彼の様子を隣から見上げていたリタが、突然彼の足を踏みつけた。しかもかかとで、ぐりぐりと。
「あだだっ!?」
レイヴンは思わず悲鳴を上げるが、リタはそのまま何も言わず、彼の傍から離れる。
「ちょっ!? リタっち!?」
「うっさい」
そう一言不機嫌そうに吐き捨て、エステルの方に行ってしまった。
「な……なんなのよ一体……?」
「あらおじ様、気づいてないのかしら?」
呆然とするレイヴンの顔を、ジュディスが覗きこんでくる。
「ん? 気づいてないって何に?」
レイヴンが首をかしげると、彼女はにこりと笑って問いかけてくる。
「さあ、何でしょうね?」
そして彼女も、そのまま彼の傍を離れていく。どうやら答えを教える気はないようだ。
「…………?」
最後の助けを求めるように、ラピードに目を向けるが、彼もまた「フン」と鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。
仲間たちの傍を「お・は・な・つ・み・♡」と言って離れ、レイヴンは渡廊状の足場の手すりに頬杖をつき、正面の窓から見える魚一匹泳いでいない深海の風景を眺めていた。
いつもの飄々とした表情とは違う、やや憂いを帯びた表情で、ただぼんやりと一面の霞んだ蒼を見つめていた。
「……何考えてんの?」
不意に声をかけられ振り向くと、先ほどの不機嫌そうな顔のままリタが立っていた。
「リタっち……」
「当ててあげようか?」
レイヴンが答える間もなく彼女はつかつかと歩み寄ってくる。
「イエガーのこと……考えてたんでしょ?」
その言葉にレイヴンは目を丸くする
「よく分かったわねリタっち……エスパー?」
茶化すように言うのは、思考の内容を誤魔化すためであろうか。
そうやって真面目なことに限って隠そうとする所が、出会ったときから気に食わない。
「あいつと戦った直後から黙りこんでるの見て、分かんない奴なんていないわよ」
彼のおどけた調子には乗ってやらず、リタは目の前の中年をじっと見据える。
少女の翠眼と、中年の碧眼が真っ向からかち合った。
「……はっは」
折れたのはレイヴンの方だった。
苦笑し、リタの頭をポンポンと叩くと、視線をまた深海に戻して呟く。
「……俺も、あんな眼してたのかなって思ってね」
自嘲めいた笑みを浮かべ、彼はそう言った。
「終わりを――死を望む者の目……ってやつかな。
とにかく、〝生きてる人間″からすれば気に食わねぇ眼を、さ」
あの戦争で死に、呪われた心臓を埋め込まれ、生き返らされた。
生きた心地もせず、死にたい時に死ねず――ただアレクセイの道具として、道化として、生命の倫理に反した贋物の生を醜く生きてきた。
――自分だけだと思っていた。自分だけでたくさんだと思っていた。
心を殺し、当事者でありながら成り行きを傍観していた自分。
それに対して、飄々と悪をこなしていたかつての戦友。
アレクセイに従っていたのも、ドンを貶めたのも、自分の利益のためだろうと思っていた。思い込んでいた。
だが実際は――
「ホンっト、バカよねぇ……」
まるで彼に語りかけるように、彼の色をした景色に向かって言葉を投げる。
「本気で生きたいって思ってたら――人生、楽しいことだっていっぱいあるのにね……」
ようやく終われる……そんな顔をして、彼は死んでいった。
今思えば、本当に愚かだと思う。
彼も――かつての自分も。
「……本当に、そう思ってるの?」
リタが問うてきた。
「ん?」
目を向けると、珍しく不安げな少女の顔があった。
その真意が理解できないまま、だがレイヴンは彼女を安心させるように微笑んで答える。
「今は……ね、ちゃんとそう思ってる。
だってこんな可愛い娘が、こんなおっさんの傍にいてくれるんだもの」
そう言って再度リタの頭に手を乗せ、優しく撫でてやる――が、
「じゃあっ……!」
その手を振り払うように、彼女が急に大声を上げた。
途端、その大きな眼にじわじわと涙が溜まり始める。
「…………!?」
突然の出来事に、レイヴンも狼狽する。
「え……あ、あの……リタっち……?」
あわあわと声をかけるレイヴン。するとリタは彼に抱きつき、泣き顔を隠すようにその上着に顔を埋めた。
「もう2度と……あんなこと言わないで……!!」
――死ぬのなんて怖くない……なんて――
それは、レイヴンがイエガーとの戦いの際に吐いた台詞。
お互い1度死んだ身の上、死ぬのなんて怖くない、と、確かにそう言った。
売り言葉に買い言葉ではあった。だが今思えば無神経極まりない言葉だということに気付かされる。
自分の生を望んでくれる者に対しても、そして、生を望む自分に対しても……。
「あんたが1番分かってるでしょ!? 相手はあの騎士団長なのよ!?
そんなこと考えてたら生きてあいつに勝てないかもしれないじゃない!!」
まったく彼女の言う通りだ。
そんな思いがあっては、あの男には勝てないだろう。
ようやく生きたいと思えるようになり、恥を忍んで彼女たちの下に戻った手前……さすがにそれは格好がつかない。
(はは……そりゃ、腹も立てたくなるわな)
リタの機嫌が悪かったのもそのせいか、と一人納得しながら、レイヴンは彼女の肩に手を添える。
「ごめんねリタっち……おっさん、ちっとばかし無神経だったわ。
もうあんなこと言わないからさ、安心してちょうだい?」
その言葉に反応して、リタが赤い目でこちらを見上げて来る。
「……ホントに?」
「ホント」
「約束できる?」
「ああ、約束だ」
「……や、破ったら……ファイヤーボール100発だからねっ!」
「りょーかい」
ああ、何と可愛いのだろう。可愛くてたまらない。
「……キモい」
ずっとリタを見つめていると、少女が自分を見上げたままそう呟いた。
そうして、いつの間にかデレデレと、何とも情けない顔で自分が笑っていたことに気付く。
「っ! てゆーかいつまでこうしてるつもりよ!?
離せっ! おっさん臭い! ロリコン!!」
完全にいつもの調子を取り戻したリタが、慌てて身を引き、ついでに罵声を浴びせて来る。
「ぐはっ、さすがにおっさんも傷つくよ……それ」
「思ったことを言ったまでよ」
「そんなこと言ったって……最初に抱きついてきたのはリタっちじゃない」
「何か言った?」
「……いえ、何も」
まったく、手厳しい少女だ。
「ほら、休憩終わり! さっさとみんなのところ帰るわよ」
「へいへい」
彼女のあとについて行きながら、そういえば、と思考を巡らす。
他の仲間たちは、自分のあの言葉に対してどう感じているのだろう。少なくともジュディスは何かしら思うところがあったようであるし、ユーリに関しても、そういえば言葉に含まれる棘が普段より少し多かったような気がする。ラピードも気に障っていそうな気がする……何となく。
カロルとエステリーゼは……まあ、あの2人は顔に出やすいから、あの様子では聞き流してくれていたようだ。
そこまで考えてレイヴンは思わず笑みを漏らし、胸中で呟く。
(ホント……生きてるって素晴らしいわ)
こんなに汚れた自分のために、心配してくれる仲間がいる、叱ってくれる仲間がいる――そして何より、泣いてくれる少女がいる。
……生きてみよう。もう少し、この生を。
それがきっと、散って行った戦友への証明。
どんなに薄汚れた命でも、どんなに醜い命でも、生きたいと願っていれば受け入れてくれる場所があるのだと、受け入れてくれる人がいるのだと。
(あの世で後悔してやがれ)
終わりを望んでしまったことを、今の自分のように。
だって世界は、それでも俺を包んでくれる――
けっきょくイチャコラしてるのを見せつけるだけなおっさん。
最悪だなwwww(管理人が)
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