アンさまリクエストの「アレパティで甘いお話」ですがあまり甘くなかった……ほのぼの止まりだった……。
突然ですがED後です。
誰かアレパティくらはい。
鳥籠の鍵は誰の手に
コネやら何やらを使っている内にいつの間にか半ば顔パスとなった警備兵を今回も素通りし、長い螺旋階段を上る。絢爛豪華な廊下とは一転し奥まった場所にあるその階段は昼でも薄暗く、「幽霊が出るんじゃないかと小さい頃は前を通るのも嫌でした」というエステルの話ももっともである。……深窓の姫君であったはずの彼女が何故こんな場所の前を通ることがあったのかは別として。
ともかく、数分かけて階段を登り切れば鉄製の扉の前に辿り着く。その両脇にはいつもどおり警護兵が控えており、こちらの姿を見止めると怪訝そうな顔をするのもいつもどおりだ。
「ちょっくら邪魔するぞ」
そんな彼らの反応も意に介せず、またもやコネで手に入れた鍵を扉に挿す。ステレオでため息が聞こえてくるが、それも無視して扉を開けた。
中は先ほどまでの物々しい雰囲気とは打って変わり、至って普通の部屋だった。窓からは陽光と風が入り込み、書棚や寝台などの家具が整然と並んでいる。
その部屋の居住者は、窓際に置いた椅子に座ったまま静かに目を閉じていた。彼の手元に広げられたままの本は、風が入る度にぱらぱらと音を立てて捲れている。
「……まったく、折角の逢瀬じゃというのに寝落ちとはいい度胸じゃの」
それを見たパティは口を尖らせてみるが、その声は意識的に抑えられていた。
まだ3分の1ほど開いていた扉を静かに閉め、足音を忍ばせて窓際へと進む。
アレクセイ・ディノイア元騎士団長。穏やかな寝息を立ててうたた寝をしているこの男は、所謂天下の大罪人だ。彼が犯してきた罪の集大成が星喰みの復活という形になって一度世界を滅ぼしかけ、またそれを鎮めるためにパティ達と彼が共に旅をしていたのは、つい2年前の出来事である。
(ま、素直に休めるようになったことは誉めてやろうかの)
アレクセイの手から本をそっと抜き近くの机の上にどかしてから、椅子の開いたスペースに片膝を乗せてその寝顔をのぞきこむ。2年前、旅に加わった彼の目元には常に隈が浮かんでいて、顔色も悪かった。それが徐々に回復していったのは、パティとある契りを交わして以来である。今では、彼が悪夢に魘されることも、食事を受け付けなくなることも滅多にない……と、聞いている。
手を伸ばして触れてみた肌は、いつぞやの時とは違い荒れた様子はなく、年齢と性別の割には張りもあった。
「ん、む……」
そうしている内にうっすらとアレクセイの瞼が開き、紅の瞳がパティの顔を映した。
「ようやく起きたか」
「……しまった、もう少し寝ておくべきだったか……美少女からの目覚めのキスを逃してしまったな」
「何じゃ、寝ぼけておるのか。ならもう一度眠らせてやろうかの」
「いつから君は冗談が通じなくなったのだ?」
「真顔でそんな口説き文句を言ってくる奴に碌な奴はおらんからな」
「君の方からも『せっかくの逢瀬』などとロマンチックな言葉が漏れていたようだが」
「……やはり永遠に眠らせてやった方が良かったか」
「できるものならやってみたまえ」
おおよそロマンチックとはかけ離れた物騒な応酬の末、動いたのはアレクセイの方だった。
「……君はいつでも潮の香りがするな」
身を寄せたままだったパティをそのまま抱き込み、耳元でそんな言葉を呟く。身動きを封じられたパティは抵抗するそぶりもなく、ため息を一つ落として返す。
「嫌か?」
「いいや、むしろ簀巻きにして沈められることになった時には君のことを思いながら逝けそうで良い」
「……ドあほ」
言動がころころと変わるのはやはりまだ寝ぼけているのか、それとも単に色惚けているのか。いずれにせよ、彼の古傷を抉るような事態を懸念していた自分の耳に届いた押し殺した、それでいて至極楽しそうな笑い声には呆れてしまう。
「さて、惚気るのはこのあたりにしよう」
そう言うとアレクセイはパティに回していた腕を解き、自分の顔に添えられていた彼女の手を取って軽く口づけてから立ち上がる。
「紅茶で良いかね?」
「……うむ」
だからどうして息を吸うようにこうも気障な真似ができるのか、と問い詰めたいところではあるが、問い詰めたところで思いの外天然なこの男はどうせ首を傾げるだけである。先ほどのような冗談はともかく、こういった何気ない動作(と思っているあたり自分も大分彼に慣れてしまっているのだが)については、本人に気障という自覚は皆無なのだ。その為、パティは言葉を飲み込み溜息交じりに返事をするに留める。
席を離れたアレクセイは部屋の隅にあるティーセットの置かれた卓の前に立ち、2人分の茶葉を手際良くティーポットへと投入する。本来なら湯を沸かすところであるが、彼に火の使用は許されていないため保温性のあるポットから湯を注ぐ。茶葉を蒸らしている間に残った湯でカップを温め、更にティーポットへと湯を注いで約2分。
その間、パティは先ほどまで彼が座っていた椅子に腰を下ろした。辛うじてクッションと背もたれのある椅子は案外座り心地が良い。
目の前に見えるのは机と、その上に並べられたり積まれたりしている学術書。いずれも、アレクセイの要望によりレイヴンやリタ、更にはエステルやフレンが世界中から集めてきたものである。彼は毎日この膨大な頁をめくっては、魔導器に代わる装置の確立に勤しんでいる。
その内の1冊の頁がまたパラパラとめくれ始め、パティは風の入ってきている窓へと視線を移した。カーテンがめくれあがる度に覗くのは、青い空と城下の街並、そして窓にはめられた鉄格子。
「……まるで鳥籠じゃの」
アレクセイが普段見ているであろう光景を眺めながら、パティはぽつりとつぶやく。
今の状況が、アレクセイという咎人にとっては破格の待遇であることぐらい理解はしている。断固死罪にすべきという意見と、人並み外れた頭脳をみすみす手放すより利用する方が世界と本人の為だという意見の対立した長い裁判に決着がついたのも、つい半年ほど前の話なのだ。
最終的には見てのとおり一見人道的な後者の主張が通った訳であるが、結局は飼い殺しに他ならない。鎖は取れ、そこいらの囚人に比べれば圧倒的な自由を約束されてはいるがあくまでそれはこの狭い部屋の中での話。彼の能力が本当に生かされるべき世界はすぐそこに広がっているのに、張り巡らされた格子がそれを阻む。
それを見る度思う、この部屋は鳥籠に似ている、と。
「なに、籠の中も存外悪くはないぞ?」
どうやら先程の呟きは拾われていたらしい。トレイにティーポットとカップを乗せてこちらに戻って来たアレクセイが、それを机の上に置いて紅茶の準備を再開する。
「大人しくしていればひとまず生活にも研究にも困らぬし、命の危険もない。それに――」
ティーカップに注がれた紅茶から湯気と香りが湧き立つ。それをソーサごとパティに差し出しながら、彼は微笑んだ。
「こうしてわざわざ愛でにきてくれる者もいる」
馴染みのあるどこぞの色ボケ中年を上回る歯の浮くような台詞。一昔前はあれだけボロボロだった精神が今は見る影も無くなっていた……やはり身を案じる必要はないのかもしれない。
「愛でるとか言うでない、気色悪い」
紅茶を受け取りながら努めて刺々しく返すと、アレクセイの口からはまた押し殺した笑い声が漏れる。
そんな彼の様子に複雑な感情を抱きながら、手渡されたばかりの紅茶をすする。相変わらず嫌味なほど美味い。
「それで、今回はどんな航海だったのだ?」
今度は自分の紅茶を用意しながら、アレクセイが尋ねてくる。
パティがこの牢に通ってくるのは、決まって航海の後である。今尚世界のことを想っているアレクセイに、自分が見てきた光景を伝えるために。
籠の中のアレクセイに代わって見てきた世界は、日に日に再生を続けている。中にはリタやアレクセイの研究が活かされて復興を遂げた街もあった。勿論芳しい成果がある所ばかりではないが、それでも自分の見た世界を余すことなく彼に伝えようと、必死に頭に詰め込んだ景色を紐解いていく。
「そうじゃのー……」
きっと一晩では語りつくせないだろうが構うものか。いつかこの男が自分の目で籠の外の世界を見に行くことが出来るようになるまで――この男と同じ船に乗って世界を巡ることが出来るようになるまで、止めるつもりはない。
「じゃあまずはノール港のことでも――」
(……何だかんだ言って、うちも筋金入りのロマンチストかも知れんの)
もう一口紅茶をすすり、口の端が上がるのを感じながらパティは今回見て来た世界のことを話し始めた。
アンさまリクエストありがとうございました!!
え? これホントにアレパティだよね?
口調さえ合わせとけば何でもアレパティになるとか思ってないよね? え? ねぇ。
ぽちっとお願いしますm(_ _)m